第34話 美容整形手術

 お母さんと一緒に自宅を出て、須藤美容クリニックへ向かった。

 電車に乗り、最寄り駅で降り、雑踏を歩き、クリニックのあるビルに入って、受付で健康保険証と診察券を提出した。

 待合室のベンチに座る。


 わたしは今日、顔を変える。

 16年つきあったこの顔と別れる。

 可愛くなれるのだからいいと単純に割り切れるものではない。多少の寂しさがある。これでいいのかという迷いがある。確実に整形したとバレるので、他人にどう思われるのかという不安がある。手術後の痛みと腫れへの恐怖もある。

 でも美しく変身したいという欲が圧倒的に強い。

 わたしは骨切りを含む大美容整形手術を受ける。やめるという選択肢はない。 


 顔写真付き身分証明書は本人確認の必須アイテムだ。

 わたしは学生証の顔写真を撮り直さなければいけなくなるだろう。

 顔を変えるのは、別人になることであり、いままでの自分を捨てることでもある。

 手術をすれば平凡な容貌を捨てて美しくなれる。でもそのためには、整形したという烙印を受け入れる覚悟が必要だ。

 その覚悟はできている。


 バレないように少しずつ整形するという手段もあった。

 目を少し変え、鼻を少し変え、あごを少し変え、数年かけて少しずつ美人になっていくという選択肢を検討しなかったわけではない。

 その方が世間体は良い。

 でもわたしはそんなまどろっこしいのは嫌だった。

 一刻も早く紛れもない美少女になりたかった。

 わたしの全可能性を使って、発電の鬼みたいになりたい。

 そのためにわたしは今日、変身する。

 クリニックの待合室でわたしは、そんないままでに何度も考えてきたことを脳内で再確認し、決意を新たにしていた。


「相生奏多さん」

 名前を呼ばれた。

「手術室にお入りください」

「はい」

 お母さんに「行ってくるね」と告げて、わたしは手術室に入った。


 倉敷先生と麻酔科医と看護師がいた。

「相生奏多さん、このベッドに横になってください」と先生に言われ、わたしは指示に従った。

「まず全身麻酔を行います。目が覚めたとき、手術は終わっています」

「よろしくお願いします」

「全力を尽くします。安心して私たちに任せてください」

 先生は整い過ぎている顔で、完璧な微笑みを見せてくれた。

「はい……」とわたしは答えた。その声は震えていた。

 この期に及んで決意が鈍り、術後の痛みに対する恐怖から逃れたくなったが、いまとなってはどうしようもなかった。

 わたしは麻酔用のマスクをかぶせられ、すぐに意識を失った。


 意識が戻ったとき、わたしが見たのは手術室とは別の部屋の天井とお母さんの顔だった。

「よかった。気がついたのね、奏多」

「お母さん……わたしの手術、成功したの……?」とわたしは訊いた。口がうまく動かず、小さな声しか出せなかった。

「先生からは、無事に終了したと聞いているわ」

「鏡で、顔を見させて……」

 お母さんは手鏡にわたしの顔を映してくれた。

 顔中に包帯が巻かれていた。

「これじゃ……どうなったのか、わからないや……」

「明日は、今日よりもっと顔が腫れ上がるだろうって言われたわ。腫れが引いて、手術の結果が本当にわかるのは、1か月後くらいになるそうよ」

「そうだね……。それは事前に調べたから、知ってる……」


 部屋のドアが開き、倉敷先生が入ってきた。

「具合はいかがですか、奏多さん」

「顔の感覚が変です……。少し痺れているような感じです……」

「それは麻酔の効果です。麻酔が切れたら、強烈な痛みに襲われると思いますが、痛み止めを飲んで耐えてください」

「はい……」 

「手術自体は成功しました。今後は顔を大切にし、安静にしてください。どんなに痛くても、痒くても、当分の間、手で顔に触れないようにしてください。絶対に掻いたりしてはいけません」

「わかりました……」

「お母さん、できればタクシーでお帰りください。美容整形としてはかなりの大手術をしたので、当分の間、安静にしなければなりません。電車に乗ったり、歩いたりするのは、避けた方が良いです。自宅についたら、すぐ横になってください。しばらくはあごが使えないので、スポーツドリンクやゼリー飲料、ビタミン剤などで栄養を補給してください」

「はい、わかりました。タクシーで帰ります」

「では、お大事に」

 

 わたしとお母さんはタクシーに乗った。

 車内で麻酔が切れ、顔が焼けるような猛烈な痛みが襲ってきた。

 わたしはペットボトルの水で痛み止めを飲んだ。

 効果が出るのを待ったが、痛みは一向に引かなかった。

 自宅に着き、わたしはお母さんに支えられて、自室へよろよろと歩き、ベッドに横たわった。


 顔に無数の針が突き刺さっているような痛み。

 熱湯をかけられたような痛み。

 ナイフで切り刻まれているような痛み。

 それが消えない。

 いっそのこと首を斬って、と思った。

 わたしは眠ることもできず、痛みと戦いつづけた。

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