第37話 2学期最初の日
9月1日、2学期の最初の日。
わたしは登校する前に洗面所で鏡を見た。
ぱっちりした目の美少女が映っている。
鼻筋はすっきりして美しい。唇の形はもともと悪くない。口角を上げて微笑む。
顔の輪郭はあごに向かって逆三角形のきれいなラインを描いている。
髪の毛は黒のセミロング。結ばずに下ろしたままにして、ていねいに櫛を入れた。
完全に変身が完了している。
かつての相生奏多はもういない。
誰?と思われるはずだ。
整形なんてするべきじゃないという偏見を持っている人もいるだろう。多少の不安はある。
でもわたしは法律違反をしたわけじゃない。信じる道を進んで、美しくなっただけだ。
堂々と登校したい。
美少女はおどおどしているべきじゃない。颯爽としている方がいい。
高校1年、2学期デビューに向かって、気合いを入れて家を出た。
電車の中で、多くの視線が向けられているのを感じた。
気のせいじゃない。
わたしは確実に注目される存在になっている。
突出した美少女、相生奏多。
姿勢にも気をつけて、背筋を伸ばして立っている。
高校の最寄り駅で降りて、学校へ歩いていく。
途中で出会った男の子も女の子も、わたしを見ずにはいられないようだ。
「誰、あの美人?」
「知らない顔。あんな子いなかったよね。転校生かな?」
「そうかも。あの顔は1度見たら忘れないよ。1学期にはいなかった」
「胸でかい。超絶美少女じゃん」
そんな声が聞こえてくる。
いままで味わったことのない圧倒的な優越感。
わたしはぞくぞくと快感を覚え、トトトトトと発電した。
校門を通り抜ける。
河城高校の生徒たちがわたしを見て、驚愕したり、ため息をついたり、見惚れたり、感嘆したりしている。
わたしは颯爽と歩いて、昇降口で上履きに履き替え、階段を上り、廊下を進み、1年1組の教室に入った。
ざわっとした空気に包まれた。
「おはよう」と挨拶すると、戸惑ったような「おはよう……」という声が返ってきた。
「え、誰?」と何人かがつぶやいた。
わたしの席に座ると、多くのクラスメイトたちが「ええーっ!」と叫んだ。
「相生さんなの?」
「なんでそんなに可愛くなってるの?」
尋ねられて、わたしは毅然と「美容整形したんだ」と答えた。隠すつもりはまったくない。大幅に顔を変えたから、隠しようもないし。
「おはよう、奏多。みんな驚いてるね」と千歳から声をかけられた。
「うん。まあ、驚くよね」
右隣の席の知多くんもわたしを見て、驚愕した顔になり、口をぽかんと開けた。背が高くて格好良く、サッカー部に所属している男子だ。クラスでは堀切くんに次いで女子からの人気がある。1学期にはまったく相手にしてくれず、わたしを無視していた。
その彼が瞬時の躊躇の後、「おはよう、相生さん」と向こうから挨拶してきた。
わたしは微笑んだ。
「おはよう、知多くん」
「すごい美人になったね。さっき美容整形って言った?」
「うん、整形手術したんだ」
「すごくいいと思うぜ。美しくなるのはいいことだけど、なかなか手術なんてできないよね。勇気あるな」
「そうだね。本当に勇気を振り絞ってやった。みんなにどう思われているか、すごく不安」
「不安なんて感じることねえよ。俺はいいと思う。相生さん、最高に綺麗だぜ」
知多くんの視線が熱い。歯の浮くような台詞を連発したが、それが様になっている。
わたしは気持ちよくなって、ドドドドドッと発電した。
手のひら返しだけど、不快じゃない。彼の態度を、いっそ清々しく感じた。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
わたしを見て、怪訝そうな顔をした。
「そこは相生の席だぞ。きみは誰だ?」
「相生奏多です」
「なんだと? 顔がちがうが……」
「整形手術しました」
担任は一瞬絶句した。
「そうか、整形か……」
「だめでしたか? 校則には整形手術をしてはいけないとは書かれていないと思いますが」
「だめではない。高校生らしい格好をしていれば、とがめることはない。少し驚いただけだ。しかし、生徒手帳の写真は変える必要があるだろうな。後で校長先生に相談してみよう」
「よろしくお願いします」
わたしが整形手術をし、すごく可愛くなったことは、瞬く間に学校中に知れ渡った。
わざわざわたしを見るために、休み時間に他のクラスの生徒がたくさんうちの教室にやってきて、ドアから中をのぞいている。
「すげえ美人」
「あれが相生奏多さんか。きれー」
「胸もおっきいな。グラドル並み。いや、それ以上だな」
「天使じゃん」
わたしを賛美する声があふれた。
気持ちいい。とても気持ちいい。
「どこで手術したの?」と何人かの女生徒から訊かれた。
「須藤美容クリニックだよ」
「いいなあ。私も整形したいなあ」
「須藤クリニックはおすすめできるよ。先生の腕はすごくいい。ナノマシン手術だから、腕がいいと言っていいのか、よくわからないけど。ていねいに相談に乗ってくれるし、とにかくすごくいい美容整形外科だよ」
「手術費用は高いんでしょ?」
「まあ安くはないかな。お父さんとお母さんにお願いして、なんとかできたんだ」
「いいなあ。羨ましい」
心配していた非難の声はなかった。みんな好意的だった。もしかしたら不快な思いをしている生徒もいるのかもしれないが、わたしに直接それを伝える人はいなかった。
昼休みには、千歳とユナさんと学食に行った。
わたしと千歳はいつものとおりお弁当。ユナさんはカレーライスを持って席に座った。
「予想どおりだけど、すごい騒ぎになったね」
「そうだね。だいぶ顔を変えたから、そりゃあみんな驚くよねえ」
「奏多ちゃんの顔、私は好きだよ。可愛くてとてもいいと思う」
「ありがとう、ユナさん」
「堀切くんは奪わないでね」
「そんなことしないよお」
「奏多、数馬に色目を使ったら、恨むよ」
「絶対にしないって。千歳とユナさんは大切な友だちだから」
「頼むよお。いまの奏多が本気で迫ったら、たいていの男の子が落ちると思う」
「それはないよ。外見が変わっただけで、中身は前と一緒なんだから」とわたしは心にもないことを言った。
「恋愛には、なんだかんだ言ってルックスがでかいんだよ」
千歳の言葉は正鵠を射ている。
知多くんが急に接近してきたことがそれを証明している。
昼休みの終わり頃に担任が教室に顔を出し、わたしを呼んだ。
「校長先生に確認した。整形手術したことは、問題ない。新たに顔写真を撮って、生徒手帳に貼り替えればそれでオッケーだ」
「お手数をおかけしてすみません。どうもありがとうございます」
「いいんだ。生徒のために動くのが教師の仕事だ」
担任の目もわたしを熱く見ている。
美少女は得だ、と実感した。
帰りのホームルームが終わった後で、知多くんから「相生さん、カラオケに行こうぜ」と誘われた。
露骨に態度が変わっている。もちろん不快ではない。快感だ。こういうことが起こるのを狙って、美容整形手術をしたのだ。
「知多くん、部活はいいの? サッカー部でしょ?」
「たまにはサボったって問題ないさ」
「いいけど、わたし、あんまり歌えないと思うよ。カラオケって行ったことないんだ」
「俺だって歌は上手くないさ。でも面白いぜ」
わたしと知多くんが話しているのを聞いて、野球部の坂井くんが「オレも行きたい」と言い出した。彼も1学期にはわたしに関心を抱いていなかった男子だ。
「坂井、おまえレギュラーだろ。サボっていいのかよ?」
「かまわねえさ」
「あの、千歳とユナさんも誘っていいかな。友だちと一緒に行きたい」
「いいんじゃねえ」
わたしは千歳とユナさんに声をかけてみた。
「数馬が来るならいいよ。数馬、カラオケ行かない?」
一色くんは「いいよ」と答えた。
ユナさんは堀切くんに確認した。彼が首を振ったので、「私は行かない」と彼女は断った。
その他にも「行きたい」という男女が出て、総勢10人でカラオケに行くことになった。
森口くんがどう動くのか気になった。内気な彼はカラオケには興味がないみたいで、ひとりで教室から出ていった。
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