第28話 部誌
レモンティーを飲みながら、瀬名先輩、唐竹部長、森口くんを代わる代わる見た。
愛らしくて笑顔が素敵な瀬名先輩、きりっとした顔で高身長の唐竹部長、繊細な小動物みたいな森口くん。
フェロモンを漂わせている男の子が3人。
閉架書庫は秘密の花園のように思えた。
「文芸部は活動が週1回だし、特になにかしなくちゃいけないってこともないんだ。ここで集まって好きなように過ごせばいい。気楽な部活だよ」
「伝統ある文芸部をおとしめるようなことを言うな。文化祭で部誌を発行するぞ」
唐竹部長と瀬名先輩はとても親しげで、いいコンビのようだ。
「わあ、わたし、文化祭が楽しみです」
特に文化祭を楽しみにしているわけではなかったけれど、流れでそんなことを言った。
「じゃあ、文芸部で文化祭を楽しもうよ。ぜひ入部して!」
小顔で可愛い瀬名先輩に勧誘されると、はい、と即答しそうになる。
「でもわたし、読むのは好きですけど、小説を書いたりはできないです」
「いいよ、別に書かなくても。在席して、水曜日に来てくれるだけでいいんだ。あとは本を読んだり、ボクたちと話したりして、のんびり過ごしてくれればいいよ」
「なにを言う。部員には部誌になにか書いてもらうぞ」
「いいじゃないか、書かない部員がいたって。直が怖い顔をしていると、せっかく来てくれた相生さんが逃げちゃうよ」
「俺は怖い顔なんかしてねえよ。部長として当然のことを言っているだけだ。後からやっぱり書いてくれと言うより、最初から最低限の義務は伝えておくべきだからな」
唐竹部長は真面目な人みたいだ。
「こいつは堅物なんだ。あまり気にしなくていいよ」
「おまえは女の子に甘すぎる!」
ふたりの先輩の丁々発止のやりとりが楽しい。
森口くんが微かに笑みを浮かべて、静かにしているのも好ましい。
ここはいいなあ。発電しっぱなしだ。
「唐竹部長は、ノートパソコンでなにをしていたんですか?」
「小説を書いていた」
「どんな小説なんですか?」
「ジャンルはSF。核戦争後の世界で、人々が懸命に自給自足で生きていきながら、放射能で突然変異して巨大化した昆虫と戦う話だ」
「直の小説は長くて退屈なんだ」
「おまえには理解できないだけで、俺の小説は価値があるんだよ!」
「キャラクターに魅力がないね」
「そんなに俺の小説をけなすなら、おまえがもっとすぐれた小説を書けよ」
「ボクは小説執筆には興味がないんだよ。そもそも漫研に入ろうと思っていたのに、直が強引に文芸部に誘うから、仕方なく入ってやっただけだし」
「それはそうだけど、もう2年なんだし、少しは文芸部員としての自覚を持って、執筆してくれよ」
「そのうち気が向いたらね」
部長と先輩の話を聞いていたら、クスクスと笑ってしまった。
「相生さんはどんな小説が好きなの?」
「恋愛小説です」
「部誌って、どんなものなんですか」
唐竹部長が、去年の部誌を渡してくれた。
『月の裏側 第49号 河城高等学校文芸部』と表紙に印刷してあった。
「月の裏側……。個性的な名前ですね」
「初代部長がSF好きで、そう名付けたと伝えられている。月は地球に常に同じ面を見せていて、裏側は見えないんだよ。神秘的でいい名前だと俺は思っている」
「カッコつけすぎだよ。もっと親しみやすい名前に変更しようよ」
「黙れ右京、伝統ある部誌名を俺の代で変えたりは絶対にしないからな」
わたしは部誌をパラパラと見た。短編小説がふたつと漫画が掲載されていた。
「引退した先輩と俺の小説、右京の漫画が載っている。こいつはついに小説を書かなかった」
「漫画描くのがだめなら、退部するよ」
「脅迫するな。弱小部なんだから、部員が減るのは困る」
「わたしは小説を書いたことがありません」
「入部するなら、感想文でもいいから、なにかしら書いてほしい」
「うーん、わたしに書けるかなあ」
「書かなくてもいいよ。直、書かない先輩だっていたじゃないか」
「あっ、それを言うな!」
「どうしようかなあ」
わたしは迷ったふりをしていたけれど、もう入部すると決めていた。
森口くんがいて、楽しそうな男子の先輩がふたりいる。それだけで入部する理由しては十分だ。
ワクワクドキドキして、胸の発電機がフル回転している。
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