第17話 堀切拓斗

 堀切くんの彼女になった。

 彼のフルネームは堀切拓斗ほりきりたくと

 タクトくん……。

 ベッドの中で、彼の指揮に合わせて発電機を鳴らせてみたい、なんて妄想に耽りながら、わたしはいつしか眠っていた。


 翌朝起床してスマホを見ると、堀切くんからの連絡があるのに気づいた。

『おはよう。今日の放課後寄り道しない?』

 おお、朝からしあわせな通知。

 もちろん承諾なんだけど、なんて返事しようかな。

『おはよう。うれしいな。行きたいです』

 返信し、わたしはにっこりと笑った。

 朝から発電できて最高。

 すぐに既読がつき、次のトークが表示された。

『放課後、校門で』

『了解です。楽しみだな~』 


 登校し、教室で堀切くんと「おはよう」と挨拶を交わした。

 彼とは昨日の朝はそんな間柄ではなかった。

 それだけでなにかあったとピンとくる人がいて、千歳もそのひとりだった。

「奏多ぁ、なにがあった?」

「え、なにもないよ」

「そのにやけ面、なにもなかったとは言わせねえ」

「にやけてないよ」と否定したけど、にやけていた。どうしようもなく、口角が上がってしまうのだ。

「後で聞かせてもらうからね」

 千歳とユナさんには「話せるときが来たら、ちゃんと話す」と伝えている。早めに話しておいた方がいいんだろうな。

 

 午前の授業中は、堀切くんのことを想って発電。

 わたしはクラスで1番モテるかっこいい人の恋人なのだ。あのさらさら艶々の黒髪を持つ美男子がわたしの彼氏。

 ひゃー、しあわせだ。

 はつで~ん、はつで~ん、きゅんきゅん、れんあいはつで~ん。

 川尻唯ちゃんのCMソングは、わたしのテーマソングともなって、ときどき脳内で再生されている。

 ボッ、ボボッ、ボボボボッ、と発電ドラムが鳴っている。

 こんなことばかりやっているから、中間試験の成績は悪かった。

 まあいいよ、赤点はなかったから。


 昼休みは学食で千歳とユナさんと一緒に食べた。

「さて、聞かせてもらいましょうか」

 千歳がタコさんウインナーを箸でつまみながら言った。

「そのウインナーいいねー」

「やるから言え!」

 赤い皮のタコさんウインナーをあーんして頬張り、わたしはすべて話そうと腹をくくった。

 ユナさんが真剣な表情でわたしを見ている。


「昨日の紙、堀切くんからのメモだったの。放課後の校舎裏への呼び出し」

「堀切くん?!」

 小さく鋭く叫んだのは、ユナさんだった。

 かなり驚いたようだ。そりゃあそうだよね。わたしなんかが、あのイケメンから告白の名所に呼び出されたなんて。わたしだってびっくりしたもん。

「うわあ、それで?」

「告白されました」

「げっ、なにその急展開。で?」

「つきあってくれないかと言われて、もちろん受けたよ」

「そっかあ。すごいね、あの堀切くんと彼氏彼女かよ」

「えへへ……」

 千歳は驚いて目を丸くしているだけだったけど、ユナさんは無口になって、顔色を心なしか陰らせていた。

 あれ、堀切くんのことは別に好きじゃないと言っていたけど、実は好きだったのかな、と勘ぐってしまった。

 

「わたしだけだと不公平でしょ。千歳の話も聞かせてよ。一色くんとはどうなってるの?」

「実はもうつきあってるよ」

「やっぱりね」とわたしは言ったけれど、ユナさんは黙っていた。

 いまになって急に、わたしと千歳が彼氏持ちだと判明した。ユナさんには恋人がいない。

 軽くショックを受けているのだとしても、おかしくはない。

 まあでもユナさんなら、その気になれば彼氏のひとりやふたり、すぐにできるでしょ。


 話題が変わって、「十人級発電ユニットの調子はどう?」と千歳に訊かれた。

「好調だよ。昨日はフルチャージだった」

「十人級フルチャージって、どんだけ恋愛脳なんだよ。ま、堀切くんに告白されたら、あたしだってそのくらい行くかもしれないけど」

「浮気しないの。千歳は一色くんでフルチャージしなよ」

「てへへ、そうだね。このところ、普通の充電機だけど、満杯になってるよ」

 わたしと千歳が恋愛発電の話をしている間、ユナさんはむすっとしていた。

「ふたりとも、どうしてそんなに発電できるの? 私は全然よ」

「ユナも恋愛しようぜ。せっかく恵まれた容姿をしているのに、もったいないよ」

「私はいいよ。それより今日、鏡石珈琲に行かない? 私は食べないけど、千歳と奏多ちゃんはプリンアラモードとか食べるでしょ?」

 今日は行けない。堀切くんと寄り道をするから。

 どう断ろうかと考えていたら、千歳が言った。

「あーっ、今日はだめなんだ。数馬とデート」

「デートか、いいなあ……。奏多ちゃんも?」

 こくんとうなずくと、ユナさんはあからさまにがっかりしていた。


 千歳はしあわせそうで、ユナさんは不幸に見える。

 わたしはもちろん幸福の絶頂にあり、バリバリ発電中だ。

 恋愛発電は正義です、という電力会社の人の言葉を思い出した。

 正義をあまり行えていないユナさんは可哀想だ。


 わたしは学生食堂を見渡した。

 大多数の高校生が熱心に恋愛発電をしているように見える。

 男の子も女の子も異性を意識して発電している。

 もしかしたら同性を意識して発電している人もいるかもしれない。

 学校は発電所だ。

 放課後、わたしは堀切くんとデートする。

 彼を想って、わたしの胸はボボボボボボボと鳴りつづけている。

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