第18話 ファミレスデート

 帰りのホームルームが終わり、放課後になった。

 千歳と一色くんがおしゃべりしながら、連れ立って教室から出ていく。

 あれをやるのはさすがにまだ恥ずかしい。

 堀切くんがわたしの方を見たので、先に行ってという意味を込めて、目礼した。

 そのようすをユナさんがちょっと険しい形相で見つめていたけれど、あまり気にしないことにしよう。もし彼女が堀切くんラブだったとしても、ゆずれるわけじゃないから。


 彼は校門で待っていてくれた。

 合流するわたしたちを、居合わせた男女がちらちらと見ている。

 堀切くんは他のクラスにも知られたイケメンなので、注目されるのは仕方がない。

「なんであんな女が堀切くんと」みたいな視線も感じるが、それも我慢するしかない。嫉妬されることも発電のタネにして、強く生きていこうと思った。


「行こう」と堀切くんが言い、わたしはうなずいた。 

 彼は最寄り駅に向かって歩いていった。わたしはその隣をきれいにキープして歩こうとしたけれど、慣れなくて遅れがちだった。

 堀切くんはよくしゃべるタイプではなく、どちらかと言うと無口みたいだ。わたしも自ら積極的に話題を提供するタイプではないので、沈黙がつづく。

 もう少ししゃべってくれたら、できるだけ合わせて話すんだけどな。

「いい天気だね」とわたしは言った。

「そうだね」と彼は答えた。

 それだけで会話はストップした。

 気まずい。

 緊張して、デートが始まっているというのに、授業中に彼を想っていたときより発電量が落ちて、ポッポッポッと弱々しい発電音しかしない。

 うう、こんなはずではない。なんとかしたいなあ。


 堀切くんは駅前商店街のファミリーレストランに入った。

 夕食にはまだ早い時間で、お客さんは少なかった。

 ウエイトレスに案内され、ボックス席に向かい合って座る。

 彼がメニューを見て、「おれ、ドリンクバーにするけど」と言ったので、「わたしも同じにする」と答えた。小腹が空いていたけれど、男の子がなにも食べないのに、初回のデートでそれ以上注文できるわけがない。

 会計はどうなるんだろう。奢ってくれるのかな、まさか割り勘、とか考えてしまって、ますます緊張してきた。

 堀切くんは店員を呼ぶベルを鳴らし、ドリンクバーをふたつ注文した。


 ドリンクコーナーに行き、飲み物をコップに注ぐ。1杯目、堀切くんはコーラで、わたしはメロンソーダ。炭酸がシュワーっと音を立てた。

 席に戻り、ストローでソーダを飲んだ。向かい合って座ると距離が近く、恥ずかしくて堀切くんの目を直視できない。わたしはうつむきがちだった。

 発電機はポッ……ポッポッ……ポッ……と途切れ途切れに動いている。こんなのじゃあ、デートしている甲斐がない。

 堀切くんは発電しているのか、ものすごく気になった。


「相生さんは十人級の発電ユニットをつけているんだよね?」

 彼が話を始めてくれた。

「うん。わたし、堀切くんに言ったっけ?」

「いや、直接は聞いていない。相生さんと沖館さんの会話が耳に入ったんだ」

「そっか。うん、先日手術したんだ」

「調子はどう?」

「すごくいいよ」とわたしは答えた。

 言ってしまった直後、その発言が恥ずかしくなった。発電は恋愛の証明。わたしは恋しているという証拠だ。

 それが相手に知られるのは、やはり恥ずかしい。


「いいな。おれ、よく発電する子は好きだよ」

 堀切くんがそう言い、わたしは少し戸惑った。

 よく発電する子とは、よく恋する子、彼を愛してる子と解釈することもできるが、初デートの台詞としては微妙かもしれない。なんて答えていいのかわからない。

 わたしはよく発電する男の子を好きだろうか。

 いつも発電している男子が好みかと自問して、首を傾げた。男の子は恋だけに夢中になっているのではなくて、別に熱中できることを持っている方が格好いい気がする。わたし自身は四六時中発電しているのだが、そんな男子は嫌かもしれない。勝手だとは思うが、それが好みなんだから仕方がない。

 まあいい。「好きだよ」と堀切くんが言ってくれたのだから、素直に受け取ろう。「嫌いだよ」と言われるよりは百倍マシだ。


「堀切くんは発電しているの?」と尋ねてみた。

「ああ、してるよ」

「いま、してる?」

「うん。発電機が動いてる」

 うわあ、わたしとデートして、堀切くんは発電してるのか。

 急に胸がキュンとして、脳に麻薬があふれて、ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボと発電機が唸った。

 彼がコーラを飲み、のどぼとけが上下した。

 それを見つめて、わたしは男の子だなあと思ってドキドキした。

「ほ、堀切くんってかっこいいね……」と言ったら、「相生さんは可愛いよ」と返されたので、発電が止まらなくなった。


 デートはやっぱり偉大だ。

 さっきまで低調だった発電が一転して絶好調に変わった。

 堀切くんと向かい合わせに座って、見つめ合ってぽつりぽつりと話すだけで、心臓と発電機が全力疾走する。

 メロンソーダを飲んでも、あまり味を感じなかった。わたしの脳は全力で恋愛に向かっていて、舌の感覚を味わう余裕がなくなっているのだと思った。


 発電音がすごいことになっている。

 わたしは発電するために生きているのかもしれない。

 わたしの顔も乳房も手も足も、もちろん脳や心臓も、すべては発電するためにある。

 恋愛すらも手段にすぎなくて、目的は発電だ。

 わたしの中心は発電ユニットで、わたし自身はその付属部品。

 ふとそんなふうに感じて、そんなはずないじゃんと否定しようとしたが、発電中心主義はとてもしっくりくる気がした。


 堀切くんとは最後まであまり会話が弾まなかったけれど、途中から一緒にいるだけで興奮して爆発的に発電できたので、デートしてよかったと思えた。

 会計は彼が全額持ってくれた。ドリンクバーだけで割り勘だったら幻滅するところだったので、ものすごくほっとした。

 帰宅して、この日も体内充電池はフルチャージだったことが判明。

 十人級ですら、わたしには不十分である可能性が出てきた。

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