第14話 発電ユニット交換手術

 手術の日が来るまで、わたしは死人のようだった。

 発電ユニットが動かないのが、心臓が止まっているように感じられる。

 そんなはずないのに、小学6年生まで体内発電機なしで生きてきたのに、いまはそれがわたしの中心になっていて、もっとも大切なものが欠落していて、生ける屍になっている。


「奏多、顔色が悪いよ。だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。心臓が動いてないだけだから……」

「えっ、ゾンビじゃん」

「あ、まちがえた。発電ユニットが動いてないだけ……」

「そ、そう。ユニットが動かないと、体調悪くなるものなのかな?」

「うん……」

「そんなはずないよ。奏多ちゃん、どこか別のとこも悪いんじゃないの?」

「心配してくれてありがとう……。わたしはだいじょうぶだよ。もうすぐ手術だから……」


 学校では森口くんも堀切くんも知多くんも意識しなかったし、授業にも身が入らなかった。

 千歳とユナさんが心配して気を使ってくれて、昼休みはいつも一緒に学食へ行ったけれど、お弁当の味がよくわからなかった。

 放課後はまっすぐ家に帰った。

 恋愛小説も少女漫画も読まなかった。

 暇なので手に取ってみたが、発電音がしないと味気なく、つまらなくて、読む気がしなかった。

 わたしはベッドで仰向けになり、天井を見て過ごした。

 早くわたしの中心を取り戻したい。


 やっと手術の日が来た。

 目覚めて、天井を見て、今日は大切なものを体内に入れる日だと思うと、じわじわと心的エネルギーが湧いてきて、しばらく失っていた食欲がにわかによみがえった。

 お腹すいた、朝ごはん食べたい、と思ったけれど、手術当日の食事は禁止されていた。いいのは水を飲むだけ。実に残念だった。

 昨日まで失われていた元気がみなぎっていた。

 わたしは生きている。

 お父さんとお母さんがトーストを食べているのを見て、「いいなー、食べたいなー」と言うと、わたしの豹変ぶりに驚いて、ふたりはあっけに取られていた。


 両親に付き添われて、病院へ行った。

 発電ユニット交換手術。

 胸を切り開くわけではなく、極小のナノマシンを注射し、その働きで体を改造する手術だ。

 ナノマシンは日進月歩し、多くの手術がそれによって行われるようになっている。

 早く十人級をつけてほしい。

 わたしはウキウキと手術室に入った。

 手術される不安よりも、手術してもらえる喜びが圧倒的に勝っている。


「端子は再利用します。古い発電機と蓄電機、付属部品を溶解して、新しく十人級発電ユニットを生成する手術となります。端子手術は痛覚の多い部分で執り行われるので痛みを伴いますが、今回は痛覚神経のないところなので、術後の痛みはほとんどないと思いますよ」と発電外科のイケメン医師が説明してくれた。

 わたしは全身麻酔で行われた最初の発電ユニット手術を思い出した。手術後、かなりの痛みがあり、1週間ほど入院したし、痛みが完全になくなるまで1か月くらいかかった。

 今日は日帰りだ。

 

「最初に局所麻酔を行います。ちょっとチクッとしますよ」

 医師がベッドに横たわるわたしの胸に麻酔注射をした。

 まあまあ痛かったが、激痛というほどではない。

 次にナノマシン注射をされた。麻酔が効いているので、まったく痛みはなかった。

「いま旧発電ユニットを分解しています」

 医師はパソコンのモニターを見ている。ときどきキーボードに指を走らせていた。

 なんだかプログラミングをしているみたいで、医師というより技師に見える。

 体内ではナノマシンが古い発電ユニットを溶かしているはずだ。

 なにも感じない。

 ちくりとも痛みを感じない。

 むずむずすらしない。


「溶解完了しました。次は新ユニットの生成です」

 待ちかねた。早くお願いします。

 注射針がまた胸に刺された。痛みはない。

 そのまま1時間ほど待って、「終わりましたよ」とイケメン医師が告げた。


「十人級恋愛発電ユニットのテストをします」

 わたしは例のコードがついたヘルメットをかぶせられた。

 恋愛電波が流されて、ポポポポと軽快な発電音がした。

 ヴヴヴヴではなく、ポポポポ。これが新しい発電ユニットの音なのか。

 慣れなくて、ちょっと違和感があったが、不快ではなかった。

 ポポポポポポポポ。

 その音に慣れるにつれて、わたしの胸は高鳴ってきた。

 いいよこれ。この音、気持ちいいよ。

 十人級を得て、わたしは生まれ変わったような気分だった。

「いかがですか。発電音が聴こえるでしょう?」

「はい! 最高です!」


 手術後、病院の会議室を借りて、電力会社の営業の人と会った。

 待ち合わせていたのだ。

 アラサーくらいの女性社員が、お父さんに名刺と資料を渡し、話し始めた。

「お買い上げさせていただく電気料金の単価はこちらになります。十人級蓄電池フルチャージが90回で、手術費用と家庭蓄電池設置費は回収できる計算です」

「すると、最短3か月で元が取れるということですね」

 お父さんが食い気味に訊くと、社員はチャーミングに苦笑いした。愛嬌のある苦笑いもあるのだと、わたしは初めて知った。

「発電力には個人差があります。まれに十人級を毎日フルチャージする方もいらっしゃいますが、1日で満杯になる人は実はあんまりいないんです。十人級をつけている方の平均的な発電量で、初期投資の回収に半年ほどかかります」

「それでもすごい収入ですよ。今回の投資額は私の月給の3か月分を超えるんですから」

「十人級フルチャージの発電量は大きいですからね」

「奏多、張り切って発電してくれよ」

「うん、お父さん。わたし、がんばるね」


 お父さんは売電契約書にサインした。

「川尻唯ちゃんは発電力が強いんですか」とわたしは訊いた。

「川尻さんは別格ですね。あの方は百人級をつけていて、それを毎日フルチャージしてしまうんですから」

「ふわあ、すごいですね」

 わたしは感嘆した。

「よいことです。恋愛発電は正義ですよ。弊社は老朽化した旧式の発電所を廃止して、クリーンな恋愛発電にシフトしています」

 恋愛発電は正義なのか。

「奏多、しっかり頼むわよ。我が家の家計を助けるだけじゃなくて、世界の環境問題にも関わっているんだから」

「恋愛発電はコントロールできるものではありません。あまり期待が大きすぎると、お嬢様が困られるのでは……」

「それもそうですね。あなたのペースで発電してくれればいいわよ、奏多」

「そうだね。でもできるだけがんばるから」


 わたしは両親と一緒に帰路についた。

 途中で本屋さんに寄り、気になっていた恋愛小説を買ってもらった。

 手術前は読む気がしなかったのに、いまは読みたくてたまらなくなっていた。

 帰宅し、自室で小説を読み出すと、ポポポポポと発電音がした。

 わたしは熱中して読み耽った。

 クライマックスではボボッ、ボボボボッ、ボボボボボと気持よく鳴り響いた。

 わたしは新しい発電ユニットがすっかり気に入った。

 やっぱり発電音があるといいなあ。

 心を取り戻したみたいに感じる。

 恋愛発電は正義だ。

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