第13話 故障
千歳と一色くんが話す回数が、日に日に増えていく。
休み時間にはよくユナさんと話していたのだが、彼と駄弁っているときの方が多くなってきた。
「一色がいいって言ってた『鮫ゾンビ』見たよ」
「おっ、どうだった?」
「最初は怖かったけど、ホラーも度を超すと、ギャグになるんだね。後半は笑い転げた」
「そうそう、東京湾中が鮫ゾンビでいっぱいになって、人間たちが蒼ざめるあたりから笑えるんだよ」
「鮫ゾンビが上陸して、人を食い始めるでしょ。説明もなしになんで魚が陸に来るんだよって思ったけど、面白かったから、そのうち気にならなくなった。監督はバカだけど、才能あるね」
「『鮫ゾンビ』が楽しめるなら、『ゾンビ自衛隊』も絶対見るべき。同じ伊藤監督作品だし」
「見る見る」
ふたりはホラー映画好きという共通点を見い出したようだ。
ゴールデンウイークになった。
学校が楽しくなってきたし、家より教室にいた方がたくさん発電できるので、大型連休なんて早く終わってほしかった。
暇だった。千歳とユナさんが遊びに誘ってくれないかと期待したけど、それはなかった。わたしはまだ彼女たちと休日に出歩くほどの仲ではないのだなあと思って、ちょっとがっかりした。
恋愛小説と少女漫画を読むくらいしかやることがない。
本に飽きると、クラスの気になる男子と仲よくなる妄想に耽った。相手は森口くんだったり、堀切くんや知多くんだったりした。
5月中旬には発電ユニット交換手術がある。
バリバリ発電したいから、森口くんのいる文芸部に入ろうかなあ、でも部活に縛られるのは嫌だなあ、とか悩んだりもした。
ゴールデンウイークは特にいいこともなく終わった。
それでも体内蓄電池は毎日満杯だった。読書と妄想だけでフルチャージできるのだから、わたしは驚異の恋愛脳なのだろう。
ゴールデンウイーク明け、千歳と一色くんはなんだかいい雰囲気になっていた。
ふたりの視線が熱く絡まったりしている。
会話が耳に入ったのだが、シネコンで『そしてみんなゾンビになった』とかいうホラー映画鑑賞デートをしたみたい。
リア充で羨ましい。
わたしも彼氏をつくりたいなあ。
でも気になる人が多くて、誰にアプローチしたらいいのか決められない。失敗したくないし。
放課後、千歳とユナさんと『鏡石珈琲』に行った。
またプリンアラモードを頼もうとしたのだが、「パフェも美味しいんだよ」と千歳が言うので、チョコレートパフェにした。
甘さを抑えたチョコクリームがほろ苦くて濃厚で、大人のパフェという感じだった。これも絶品だ。マスターは天才かもしれない。
この店はお値段が高くて、気軽には来られないのが残念。
ユナさんが千歳に尋ねた。
「一色くんとつきあってるの?」
「つきあってないよ。あいつはただの友だち」
「デートしたでしょ」
「うーん、まあデートみたいなことはしたなあ。あたしと一色、ホラー映画が好きで、趣味が合うんだよね。好きな監督の新作が上映してたし、あたしもあいつも見る気満々だったから、じゃあ一緒に行こうかってことになって」
「羨ましいなあ。千歳、一色くんでいっぱい発電してるよね」
「発電? そりゃあ多少はしてるけど、奏多には負けるよ」
「一色くんも千歳で発電してるみたい」
「そうかなあ。あれ、そんなこと言われると、ちょっと意識しちゃうかも。あはははは。はつで~ん、はつで~ん、きゅんきゅん、れんあいはつで~ん」
千歳が照れ隠しに川尻唯ちゃんのCMソングを歌った。この歌は流行っているようだ。
これは彼氏彼女になるのも時間の問題だな。
「奏多の方こそどうなのよ。文芸部に入るの? 森口とお近づきになるの?」
「うーん、悩み中なんだけど、一度見学には行こうかと思ってる。わたし、本好きだし」
「奏多が読むのは恋愛小説だけでしょ」
反射的に「そんなことないもん」と答えたけど、恋愛絡みの小説が大半だ。純文学もラノベも読むが、とにかく恋愛ものやラブコメを選ぶ。推理小説やお仕事小説を読んだこともあるが、肌に合わなかった。
「早く行ってあげなよ。森口が待ってるよ」
「煽らないでよお」
森口くんの話をするとき、わたしはたいてい発電してしまうのだが、このときはヴーンという音がしなかった。
そう言えば、今日の午後は発電機が回っていないかもしれない。
午前中は発電音がしていたけれど、午後は聴いていない気がする。
あれ、おかしいな? 午後の授業中に一度も発電しないなんて、めったにないことなんだけど。
わたしは胸に手を当てた。嫌な予感がする。
「ねえ、恋バナしてみて」
「一色の話? 別に恋人じゃないんだから」
「まだ恋人じゃないだけだろ? いつ告るの? 相手の告白を待つつもり?」
「もうやめようよお。一色のこと、変に意識しちゃうからあ」
「おかしい……」とわたしはつぶやいた。
「え、なにが?」
「恋バナしてるのに、発電しない……。なんか発電ユニットがおかしい。わたし帰るね」
「えーっ、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶじゃないかもしれない」
わたしはものすごく不安だった。発電できない状況はわたしにとって異常で、恐怖ですらあった。
急いで家に帰って、体内蓄電池を家庭蓄電池に繋いでみたけれど、まったく充電されなかった。
わたしは軽いパニックに陥った。
「お母さん、大変。わたしの発電ユニット壊れたかも。全然動かないの。どうしよう、どうすればいいんだろう」
お母さんはすぐわたしに駈け寄ってくれた。
「だいじょうぶかしら。痛みとかはあるの?」
「痛みはないけど、いつもの反応がないから、すごく心配。発電も充電もできない」
「ちょっと待って。先日行った病院に電話してみる」
お母さんが病院に連絡してくれた。
「娘の発電ユニットが壊れたようなんです。まったく発電できなくなってしまって、家庭蓄電池への送電もできないんです。どうすればいいんでしょう。発電ユニット交換手術の予定は入れてあるのですが」
病院側の説明では、過充電のしすぎで故障したのだとしても、発電できないだけで、ただちに体に影響があるわけではないとのこと。手術の予定が入っているのなら、まず問題はないでしょうと言われたと、お母さんが話してくれた。
わたしはひとまずほっとしたが、不安は完全には消えなかった。
いつでも発電できるのが、わたしにとってあたりまえになっていた。
発電機の音がないと落ち着かなかった。
食欲がなくて、夕ごはんを半分以上残した。
早く手術してほしかった。
発電音がないと、心が消えてしまったみたいに感じる。
発電できないと、ものすごく不安。
わたしが生きている証がなくなってしまったようだ。
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