第10話 発電外科
わたしは病院に行くことになった。
お父さんとお母さんが話し合って、わたしの発電ユニットの容量を増加することに決めたのだ。
わたしに否やがあろうはずがない。
喜び勇んだと言っても過言ではない。
平日に学校を休んで、ウキウキと大病院の発電外科に行った。
両親はふたりとも付き添ってくれた。
恋愛発電ユニット手術が増加して、以前は心臓外科が担当していたその手術を、専門の発電外科が行うことが増えている。
病院の待合室は混んでいた。
予約していたのに2時間も待たされて、ようやくわたしは診察を受けることができた。
診察室にいたのは、白衣を着た若い医師だった。マスクをしているからはっきりとはわからないけれど、かなりイケメンの先生のようだ。目元が涼しい。
かっこよくて若い医師。わたしはときめいて、発電した。
先生は平凡な女子高生が自分を見て発電するのは当然と思っているかもしれない。
大人の余裕を見せて、ゆったりと構えていた。
「体内蓄電機が毎日フルチャージされているんです。充分な容量を持つ電池に交換したいです」
「では調べてみましょうか。上着を脱いでください」
わたしは指示されたとおり上半身下着姿になって、ベッドに横たわった。
医師は検査用の機器と胸の端子を接続した。
「これを頭にかぶって」
コードが何本もついたヘルメットが渡された。
「脳に軽い疑似恋愛状態をつくる電波を流しますが、危険はないので、安心してください。人によってはちょっとくすぐったいとか、興奮するとかいった症状が出ることがありますが、検査に必要なことなので、我慢してくださいね」
人工的に恋愛状態をつくれるんだ。
わたしはちょっと驚き、ワクワクしながら電波が来るのを待った。
先生が機器についているダイヤルをそっと回した。
脳がにゅむっと攪拌され、背筋に痺れを感じ、わたしは軽くのけぞってしまった。
初めて体験する感覚だった。
発電ユニットが稼働する。
ヴヴッ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。
発電機はまったく止まらずに回転しつづけた。
わたしはぽ~っとして、恋愛電波に身をゆだねた。
不思議な感覚だ。
わたしの大脳はなにも考えていないのに、体は反応して、心臓はどくどくと早鐘を打ち、全身が熱くなって、じっとりと汗ばんできた。
「これはすごい……」と医師がつぶやいた。「この程度の刺激で、こんなに大きく反応する人はめずらしいですよ」
わたしはとても恥ずかしかったが、体の反応と発電を止めることはできなかった。
5分ほどで検査は終わり、お父さん、お母さんとともに医師の所見を聞いた。
「相生奏多さんの発電力は少なくとも十人級です」
「十人級?」
「恋愛発電力には個人差があります。まれに人並みはずれて大きな発電力を有する人がいますが、奏多さんはまさにそれですね。いまつけている普通の発電ユニットでは、あなたの能力が活かされません。十人級発電ユニットをつけて、売電することをおすすめします。いまは過充電状態になっているので、遠からず壊れてしまうでしょう。その意味でも、大容量の発電ユニットをつけることが必要ですね」
両親が顔を見合わせていた。
「十人級発電ユニットをつける手術は、いくらぐらいかかるのでしょうか」とお父さんが訊いた。
医師が金額を言った。それは両親の顔色を変えさせるほどの高額だったが、8割程度の発電ができれば、約半年の売電で元が取れるとの説明があった。
先生は電力会社が作成している売電契約のパンフレットをくれた。
十人級発電ユニットに対応している大容量家庭蓄電機も必要になるようだ。そっちの金額は冷蔵庫と同じくらいだった。
「お父さん、これは先行投資よ。奏多はまだ高校生になったばかりで、結婚して家を出るまでにきっとたくさんの発電をするでしょう。それを無駄にするわけにはいかないわ。家計のためだけでなく、地球環境のためでもあるのよ」
「そうだな。うちは貯金を銀行に預けているだけで、なんの投資もしていないし、ここは奏多に賭けてみるか」
「そうしましょうよ。蓄電機を見るのが楽しみになるわ」
「お母さん、気が早いよ。わたし、ふたり分くらいの発電がせいぜいかもしれないし、十人級なんて大きすぎるよ」
「いや、検査結果から見ると、奏多さんには十人級以上が必要です」
「十人級よりもっと大きなユニットがあるんですか」
「ありますよ。その上は二十人級です。少し割高になりますが」
「先生、奏多にはどちらがいいのでしょうか」
「そればかりはなんとも言えないんです。大恋愛をするとわかっていれば、二十人級をおすすめしますが、奏多さん、その予定はありますか」
「予定はありません……」
「そういうことです。医師としては、とりあえず十人級をつけた方がいいですよとしか言えないんです」
わたしは3週間後に十人級恋愛発電ユニットをつける手術を受けることになった。
帰宅して、パンフレットをじっくりと見た。
電力会社のパンフレットにはすごく可愛い女の子の写真が載っていて、『発電アイドル 川尻唯』と印刷されていた。
その夜わたしは、川尻唯ちゃんが電力会社のテレビCMに出て、歌っていることに気づいた。
「はつで~ん、はつで~ん、きゅんきゅん、れんあいはつで~ん」という頭の悪いサビが脳にこびりついた。
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