第7話 森口くんで発電

 午後の授業中、わたしは堀切くんを見つめなかった。

 教師と黒板を見ていた。

 でも授業に集中していたわけではない。

 意識は後ろに向けていた。窓際最後尾の席。


 森口くんがわたしを見ているのかどうか、ずっと考えていた。

 彼がわたしを見つめているかもしれないと思うと、胸がキュンとして発電機が起動し、エネルギーをつくり出す。

 ヴヴヴヴヴヴヴ。

 心地よい発電音を聴きながら、わたしに向けられている視線を意識する。

 本当に見られているかどうかは、確認していないのでわからない。

 でもおそらく彼は見ているのだ。

 宇津木さんがそう言った。

 聡明で嘘つきではなさそうな彼女が言うのだから、きっと森口くんの瞳にはわたしが映っている。


 わたしは黒髪を後頭部でまとめて、ポニーテールにしている。

 露出しているうなじが見られていると想像すると、その皮膚が熱くなった。

 振り返れば森口くんの視線を確認できるが、わたしは後ろを向くことができなかった。

 心臓の動悸と発電ユニットの稼働音が大きい。

 わたしの顔面はたぶん紅潮している。興奮して、耳まで赤くなっているような気がする。

 それを見られるのが恥ずかしい。

 ヴヴヴヴヴーン、ヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴヴヴーン。

 発電機は午前中より激しく動いている。


 堀切くんより、森口くんを意識した方が、発電量が多いのに気づいた。

 これはどういうことなのだろう。

 見るより見られる方が、発電量が多いのだろうか。

 堀切くんは手が届きそうにないけれど、森口くんとなら両想いになってつきあえるかもしれないから?

 彼はノーマークだったけど、意外と可愛らしい顔をしていたから?

 ぼっちの彼にやさしくして、やさしくされた森口くんがわたしにめろめろになって、めっちゃ愛されてしまうとか妄想できるから?

 彼は単にわたしの胸を見ているだけで、恋愛感情なんかちっともないんじゃないかと不安になるから、かえって発電機が反応するの?

 いろいろ考えていると、わけがわからなくなってきて、さらに回転数が上がった。


 少しは授業にも意識を向けた。

 6時間目の授業は古文で、教師が万葉集の恋の歌を解説していた。こういうのなら、聞いていて楽しい。

 古にありけむ人も吾がごとか妹に恋ひつつ寝かてにけむ

 昔の人たちも私と同じように愛しい人に焦がれて、夜を寝つかれなかったことだろう。

 柿本人麻呂よ、あなたは昔の人だけど、さらに昔の人を引き合いに出して、自分の恋を歌ったのね。

 人麻呂が現代に生きていたら、きっとすごく発電するんだろうな。


 6時間目が終わったとき、一色くんがわたしにささやいた。

「いつもより激しく発電してたみたいだけど、なにかあった?」

 どうしてわかるんだろう。音か、それとも仕草なのか。

「なんにもないけど、確かに発電ユニットは動いてたよ。なんでわかるの?」

「なんとなく」

 一色くんもクラスの中ではイケメンの部類に入るのだけど、少しずるそうで、痩せすぎているから、わたしの好みではない。

 

 放課後、また沖館さんに誘われた。

「ハンバーガーでも食べていかない?」

 このまま沖館さんと宇津木さんとグループになれば、わたしは高校生活を平穏に送れるかもしれない。

 断ればもう誘ってもらえなくなって、ぼっちに戻ることになるだろう。

 わたしはうなずいて、「行く」と答えた。

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