第6話 学食
「相生さーん、学食に行かない?」
昼休みに沖館さんから誘われた。
行きたいと思ったけれど、わたしはお母さんがつくってくれたお弁当を持っている。
「ごめんなさい。学食って行ったことなくて、すごく興味あるんだけど、お弁当があるの」
「うん、わかった。興味あるなら行こうよ」
「だから、お弁当があるので」
「あたしも持ってるよ、お弁当」
「えっ、なんで? 学生食堂へ行くんでしょ?」
「うん、行くよ」
「お弁当を持っているのに」
「だから、学食でお弁当を食べるんだよ」
わたしは意味がわからなくて、あ然とした。
ファミレスに行って、持参のお弁当を食べていたら、追い出されると思う。
「学食で弁当食べていいの?」
「えっ、だめなの? あたし何度も食べてるけど」
「学食って、お金を払って料理を買う人だけが使えると思ってた……」
「あー、それが正しい使い方かなあ。まあいいでしょ、ユナがなんか買うし」
本当に買わなくていいのか?
わたしは沖館さんと宇津木さんと一緒に、おっかなびっくり学食へ行った。
宇津木さんがカレーライスの食券を購入し、カウンターへ向かう。
「席を確保しようよ」
わたしは沖館さんに先導されて、長テーブルの一角に座った。
彼女はお金を使っていないのに、セルフサービスの水を堂々と3人分もコップに入れた。「はい、どうぞ」と言って、渡してくれた。
えー、これ飲んでいいの?
わたしはうかつに飲むわけにはいかないと思って、ようすをうかがった。
宇津木さんが沖館さんの隣に座って、カレーライスを食べ始めた。
沖館さんも箸をお弁当箱に伸ばした。その中には黒い海苔が乗った白いごはんと黄色い卵焼き、茶色い鶏の唐揚げ、赤いミニトマト、緑色のブロッコリーが入っていて、カラフルだ。なんの罪悪感もなさそうに食べ、お水を飲んだ。
学食で働いている人に怒られるのを心配したけど、誰もなにも言わない。
満員に近くなっていて、お金を払った人が席を探すことになっているのに、食べ物の持ち込みが許されるの?
そういうところなのか?
わたしは怖々と弁当箱を開けた。
「堀切くん窓見てたねえ。それからこっちも見た! 目が合っちゃったよ」
沖館さんは食べながら、楽しそうに話した。
目が合ったのはわたしとだと思うのだが、それは自意識過剰なのだろうか。
わたしの弁当箱にはごはんとミニハンバーグ、シュウマイ、アスパラガス、オクラがある。沖館さんの弁当に比べると彩りに欠けるし、ハンバーグとシュウマイは冷凍食品だけど、お母さんが早起きしてつくってくれたものだ。ありがたく食べないといけない。
「いただきます」
わたしはついに学食でお弁当を食べ始めた。
「堀切くんと目が合ってたのは、相生さんだと思う」
宇津木さんが言った。彼女の席は窓から2列目で前から6番目。わたしの席のふたつ後ろ。最後尾から、しっかりとクラスメイトを観察しているようだ。
「えーっ、そうかなあ」
「そうだよ。相生さんが堀切くんをずっと見てて、その視線に気づいて、彼は相生さんを見たの」
「ちょっ、声が大きいよ、宇津木さん」
「ごめん」
宇津木さんは軽く頭を下げて、カレーライスをスプーンですくった。
「ひとつ、相生さんに情報提供したいのだけど」
「えっ、なになに?」
激しく反応したのはわたしではなく、沖館さんだった。
「私の隣に森口くんが座っているでしょう?」
森口くんは、窓際最後尾という特等席に座っている。
「森口くんがどうかしたの?」
「よく相生さんを見てる」
「えっ、ユナ、それほんと~?」
「森口くんの席からなら、教壇を見ると、自然とわたしの方を向くことになるよね。それだけなんじゃない?」
わたしが堀切くんを見ているのと同じ角度だ。
「いや、まちがいなく相生さんを見てる」
「森口くんかあ、微妙。陰気じゃない、あいつ」
「なんでわたしなんか見るんだろ。隣の宇津木さんを見ればいいのに」
「相生さんにはユナにはない魅力があるからなあ」
沖館さんがわたしの胸を見ていやらしく笑う。やめてほしい。
「さりげなく私の胸をディスらないで。相生さんほど大きくはないけど、ふつうにあるから。千歳みたいにぺったんこじゃないから」
「きー、ぺったんこ言うな」
「まな板」
「殺す」
また沖館さんと宇津木さんがいちゃつき出した。
森口くんか。あまり印象にない男子だ。どんな顔だったっけ。
わたしは誰にも注意されることなく、無事に学食でお弁当を食べ終えた。
教室に戻って、窓際最後尾を確認した。
森口くんは文庫本を読んでいた。
誰とも話していない。
確かに陰キャかもしれないが、その顔立ちはそれなりに整っていた。銀縁眼鏡をかけている。
彼が授業中にわたしを見てるのか。
なにを読んでいるのだろう。
読書好きなら、話が合うかもしれない。
ぼっちの森口くんと親しくなって、彼がわたしだけに夢中になる。
そういうのも悪くない。
新たな発電相手を見つけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます