第5話 教室

 教室のわたしの席は窓側から数えて2列目、前から4番目だ。

 堀切くんは窓から3列目、前から2番目に座っている。

 教壇の方を向くと、自然に彼の後ろ姿を見ることができる。

 授業に退屈すると、わたしは教師や黒板から、堀切くんの華奢な背中へと視線を移す。

 彼は男らしいタイプではなくて、中性的な魅力を湛えている。

 その髪の毛は黒く艶々として、ショートカットの襟足には漫画のキャラクターみたいにシャギーが入っている。

 かっこいい。


 わたしは授業そっちのけで堀切くんの後ろ姿を眺めつづけた。

 彼が振り向くと、目が合って、わたしが熱く見つめているのがバレてしまう。

 そうなることを想像するだけで、心臓にぴったりと張り付いている発電ユニットが起動する。

 わたしは人並みはずれて発電量が多い。この程度で発電しているのはわたしだけかもしれない。


 堀切くんがあごに手を当てながら、窓の方を向いた。

 彼の端正な横顔が見えて、わたしの発電機が回転を速めた。

 ヴヴヴヴーンという発電音が骨伝導で聴こえる。


 発電してる。発電してる。堀切くんを見てわたしは発電している。

 意識すると、ますます心臓がドキドキして、発電機は回りつづける。

 彼はまだ窓を見ている。

 校庭で、体操服を着たどこかのクラスの人たちが、トラックの周りを走っている。

 彼はそれを見ているのだろうか。

 ランニングしているのは、女生徒たちだ。 

 それに気づいてわたしは少し機嫌を損ねたが、発電機は止まらなかった。


 わたしは美しい横顔を凝視しつづけた。

 彼が少しでも顔の向きを後ろに変えると、わたしが見つめているのがわかってしまうだろう。

 頭を動かさなくても、瞳の位置をきょろっと変えるだけで、知られてしまうかもしれない。

 わたしは緊張しているが、それを楽しんでもいた。

 発電できているのがうれしい。 


 堀切くんは窓から黒板へと向き直る前に、後ろに体をひねった。

 わたしと彼の目はしっかりと合ってしまった。

 彼は感情のない顔でわたしを2秒ほど見つめてから、数学の教師の方へと体の向きを変えた。

 その間、わたしは彼の視線をむさぼるように味わっていた。


 ヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴーン。

 ひゃああ、心臓が揺さぶられるほど、発電しちゃってるよお。


 彼が教室の前方を向いた後も、心臓の鼓動は早まったままで、興奮は簡単にはおさまらず、発電も停止しなかった。

 もうとっくに蓄電池はフルチャージしていると思う。

 この状態は発電ユニットへの過負荷になっていて、良くないと聞いたことがある。

 またナノマシン手術を受けて、体内蓄電池の容量を増やしてもらった方がいいかもしれない。

 はあ、もう止まってよ、わたしの発電機。


 落ち着こうと思って、教科書を見た。

 あー、顔が熱い。

 プラスチックの下敷きで顔を扇いだ。

 左隣の男の子がにやにやしている。

 一色くんだ。

 わたしが堀切くんで発電していることをわかっていて、面白がっているのだ。

 好きにしろ。

 わたしは一色くんのすけべな視線すら糧にして、発電できるのだ。


 右隣に座っている知多くんは、素知らぬ顔で、だるそうに黒板を見ている。

 わたしの発電に気づいていないのか、気づいていてもまったく関心がないのかはわからない。

 もし後者だったら、少し悲しい。

 知多くんは男らしいタイプの美男子で、わたしが好きな人のひとりだ。

 先週、サッカー部に入ったと、女の子たちの話を小耳に挟んで知った。


 知多くんのことを考えても、わたしは発電してしまう。

 学校にいるといつも発電しっぱなしで困る。

 高校の数学はむずかしい。勉強もしなくては。

 ちょっとは授業に集中しよう。

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