第4話 フルチャージ

 わたしは2階建ての一軒家に帰宅した。

 玄関を開けて「ただいま~」と言うと、エプロンをつけたお母さんがキッチンから小走りにやってきて、「おかえり~、奏多」と返してくれた。

「今日はどうだった?」とお母さんに訊かれた。これは勉強をしっかりやったかとか、友だちはできたかとかの意味ではなく、発電できたかどうかを質問しているのである。

「ばっちりだよ。またわたしの蓄電池は満杯」

「むふ~ん。よくやったわ、奏多」

 このやりとりは毎日の儀式のようなもので、わたしが満杯と言うと、お母さんはご満悦なのだ。

 母は鼻歌を歌いながらキッチンに戻り、夕食の支度をつづけた。

  

 わたしもキッチンに行き、壁に設置してある家庭蓄電池の前に立った。

 その上には分電盤がある。

 ここは我が家の電気設備の中枢だ。

 制服のブラウスを脱いで、肌着姿になる。

 わたしの胸には穴が開いている。

 胸の谷間の真ん中あたりにある小さな穴。

 それは、わたしの発電ユニットの端子だ。

 家庭蓄電池から伸びているコードを手に取り、プラグを胸の穴に差し込むと、電気が体内蓄電池から家庭蓄電池へ急速に流れていく。絶縁されたコードの中の電流を感じ取ることはできないが、家庭蓄電池のランプが点滅して、充電中であることを教えてくれる。


 ランプの点滅を見ると、いつも心が満たされる。

 充電中の手持ち無沙汰なこの時間を嫌う人が多いらしいが、わたしにとってはたいへん有意義なひとときだ。自分が役に立っていることを感じられて、思わず笑顔になる。

 10分ほどで、ランプが点灯したままになった。

 フルチャージされたのだ。

 この瞬間、わたしは誇らしい気持ちになる。


 お母さんが家庭蓄電池をのぞき込んで、ランプの点灯を確認した。

「相変わらずすごいわね~、奏多の発電力。いいわよ~、家計と地球にやさしいエコ発電!」

 母はわたし以上ににっこにこだ。

 若い頃原発事故に遭遇して、故郷を離れなければなかった彼女は、ことのほか恋愛発電がお気に入りなのである。


「もうずっとわたしの充電機、毎日満杯だよ。中学時代からフルチャージつづき」

「感心感心。うちの子は優秀ね~。他の家はこれほどではないみたいよ。うふふふふ」

 お母さんはランプをいつまでも見つめている。家庭蓄電池が100パーセント充電されているのがうれしいのだ。

「奏多のおかげで、うちの電気代は毎月無料。電気はあり余っているわ。もう売るしかないわね」

「えっ、この電気って売れるの?」

 知らなかった。

 お母さんは目をキラーンと輝かせた。

「そうなのよ~。電力会社に買い取ってもらえるはず。今夜にでもお父さんと相談してみるわ」

「うわあ、売れるってすごいね。わたしがお金を稼ぐってことでしょ?」

「そういうこと。うまく売れたら、お小遣いをアップしてあげるわよ~」


 それは素敵だ。

 わたしは読書が好きで、紙の本の愛好家だ。常に買うのを我慢している本があり、毎月金欠になっている。

 お小遣いが増えたら、気になっている恋愛小説や少女漫画を全部買うことができるかもしれない。

 そうなったらもっと発電できて、さらに稼げて、男の子向けの恋愛漫画なんかも買ったりして、好循環に突入し、毎日ドキドキ発電しながら、ウキウキのお金持ち生活が待っているかも。

 いいことづくめだ。

 そうなったらいいなあ。


 お父さんが帰ってきて、家族3人で夕食を取った。

 両親が売電の相談をしている。

 父も乗り気で、この分だとわたしは恋愛発電で稼ぐことになりそうだ。


 食後は自室に入って、本棚から読みかけの恋愛小説を取り出し、ベッドに横になって読んだ。

 ヴーンという音がした。小説を読むだけで、わたしの発電ユニットは稼働する。

 恋愛発電は個人差が大きく、本を読むだけでは発電しない人もいるらしいが、わたしはバリバリ発電できる。


 中学校に入る直前に、わたしは発電ユニット装着手術を受けた。

 若い年代の人は、ほとんどがこの手術を受けている。

 ナノマシン手術なので、あまり痛みはなかったし、傷跡もできない。

 胸に差し込み口ができて、これを嫌がる人もいると聞いたが、わたしは自分が機能的なサイボーグになったみたいに感じて、うれしかった。

 ヴヴヴという体内発電音を初めて聴いたときは興奮して震えたし、最初に家庭蓄電池をフルチャージにしたときは、有頂天になったものだ。 


 わたしがかなりの恋愛脳で、平均よりかなり恋愛発電量が多いのを、中学1年生のときには自覚していた。

 中学3年間、しっかりと発電して、我が家の電気代をゼロにしつづけた。

 わたしの周りでは、そんな子は他にはいなかった。

 恥ずかしくて、毎日フルチャージしていることは公言していないが、それはわたしのひそかな誇りだった。

 学校で1番のパワージェネレーター。

 高校1年生になって、わたしはますます激しく発電しつづけている。

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