第3話 胸のサイズ
沖館さんはプリンアラモードを食べながら、わたしに話しかけてきた。
「どう、美味しい?」
「うん。プリンの味がとても濃厚」
わたしが褒めると、沖館さんは我がことのようにきゃっきゃっと喜んだ。
「そうでしょ? マスターが毎朝つくってるんだって。個数限定で、売り切れもめずらしくないんだよ。ネットでの評判も上々なの」
にこにこ笑って、わたしに顔をすり寄せんばかりに近づけてくる。この子は猫だ、と思った。人懐っこくて可愛らしい猫。
「フルーツも美味しいね。今年初めていちごを食べた」
「クリームをつけて味わうと最高だよ。あたしはいちごよく食べてるなあ。いちごショート好きだし」
沖館さんはよくしゃべり、宇津木さんは静かだ。コーヒーを音を立てずに上品にすすっている。ダイエットをしているからか、好みなのかはわからないが、砂糖もクリームも入れず、ブラックで。
すごい美少女が制服で喫茶店に入り、清楚にコーヒーを飲んでいる。睫毛が長い。絵になる。クラスの男子がこれを見たら、発電するのはまちがいない。
「さてと、恋バナしようか。相生さん、授業中に発電してたよね?」
「してません」
「嘘。顔が赤かったよ」
わたしは口を閉じたまま、首を振った。沈黙は金。
「千歳、ぶしつけだよ」
「えーっ、いいじゃん。相生さんが誰で発電してたか気にならない?」
「気にはなるけど、いきなりそんなことを尋ねるのは失礼でしょ。修学旅行の夜じゃないんだから」
宇津木さんが良識派で助かった。
でも気にはなっているのか。
彼女はコーヒーカップをテーブルに置いた。
「自分の話から始めたら? 千歳は今日、発電しなかったの?」
あれ、良識派じゃないのか?
女の子は恋バナ好きだからなあ。わたしも自分が槍玉に挙げられていなければ大好きだ。
「した! 堀切くんで!」
沖館さんはあっけらかんと言った。
「堀切くん、人気あるよね」
わたしは話を合わせた。
「かっこいいからねえ。見ていたら、発電できちゃう。ユナはしないの?」
「しない! 別に堀切くんのこと、意識してないから」
宇津木さんはきっぱりと否定したけど、口調は力みすぎているように思えた。
「本当かあ~」
沖館さんが追及。宇津木さんはコーヒーカップを手に取って、無視で応酬。
「ユナと堀切くんなら、お似合いなのにな。まあ、強力な
ふたりの話が一段落して、沖館さんと宇津木さんはパッと同時にわたしを見た。
「「で、相生さんの発電相手は?」」
息が合っていた。
「言わなくちゃいけないの?」
わたしはちょっと抵抗を試みる。
「別にいいけど」と宇津木さんは言ってくれたが、「ぜひ教えて」と沖館さんは興味津々だ。
観念して、「堀切くん」と短く答えた。
「あ、やっぱ堀切くんかあ」
「強力な恋敵がここにいたね」
わたしは平凡な女子だ。宇津木さんほどの美少女ではないが、割と可愛い沖館さんの恋敵にはなり得ないと思う。
「やめてよ。わたしなんか堀切くんに相手にされるわけないもん」
「そうでもないでしょ」
宇津木さんの視線はわたしの胸のあたりで止まっている。
「相生さんの胸、たぶん学年で1番大きい。あなたで発電してる男子、きっと多いよ」
わたしの顔は強張っていたと思う。
思わず両手をクロスさせて、自分の胸を隠した。
「ぶしつけなのはユナの方じゃん!」
「あ、ごめんなさい」
わたしは平凡だ。胸のサイズを除いて。
「でも大きいよね。高校生のものとは思えませんな~」
沖館さんがオヤジ化して、わたしの胸を凝視する。
いつまでも胸を隠している方が変なので、わたしは両手をだらりと下げた。
「そっちに栄養がいくなら、ダイエットしなくても良い」
宇津木さんは清楚な美少女だと思っていたけど、認識を改めた方が良さそう。沖館さんといいコンビだ。
「胸が大きくなる方法を教えましょうか」とわたしが言ったら、ふたりともぐいっと身を乗り出した。
「わたし独自の方法だけどいい?」
「いい」
「男の子のことを考えます。ずっとずっと考えます。授業中も食事中も就寝前も。そうしたら、いつの間にか胸が大きくなります」
「恋愛脳か」
「ビッチじゃん」
「ビッチじゃないもん。恋愛脳かもしれないけど」
「てかその方法、絶対まちがってるでしょ」
「まちがってないよ。わたしはそれで大きくなりました」
「結果論だよね」
「何カップなの」
わたしがサイズを教えると、ふたりは驚愕した。
「そんなサイズがあったとは!」
「グラビアアイドル超え?」
「大げさ。そこまでめずらしくはないよ。お母さんと同じだし」
「遺伝か」
「遺伝かよ。ふつうに絶望するんだけど」
途中から声が大きくなっていた。鏡石珈琲のお客さんたちが、わたしたちの話に聞き耳を立てている。
「やめよう」
「うん」
「そろそろ帰ろうか」
わたしたちは割り勘で支払った。
いじられたけど、ふたりとの距離を詰められた気がして、楽しかった。
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