第2話 沖館さんと宇津木さん

 わたしは1時間目から6時間目までずっと発電していた。

 主に堀切くんで発電。他にも気になる男の子のことを想って。

 右隣に座る知多疾風ちたはやてくんは背の高いスポーツマンで、1年1組の女子の間で堀切くんに次ぐ人気がある。彼はわたしをほとんど相手にしてくれなくて、挨拶程度しか言葉を交わさないが、わたしは彼が気になっている。


 わたしは気が多いのだ。

 かっこいい男子なら、たいてい好きになる。

 容姿だけで愛せるし、やさしくされれば外見とは関係なく好きになってしまう。

 中学時代は常時10人くらい好きな人がいて、見つめて発電していた。


 中学2年生のとき、わたしは急に胸が大きくなり、女性らしい体つきになってきた。

 9月には人生初めての告白をされた。

 その人は好きな男子の中には入っていなかったけれど、わたしはわたしを好きな男性が好きだ。彼のことを想うと発電できたので、つきあうことにした。

 2か月間交際した。

 恋愛発電量のグラフを書くとすれば、告白されたときがピークだった。しだいに下降線を描き、10月に入ると発電量は急落。ついにはゼロになる日がつづいて、別れた。

 

 いまはクラス内で好きな男子が4人いる。

 遠くから想って発電しているだけでいいので、わたしからは告白しないつもりだけど、そのうちの誰から告られても即オッケーすると思う。

 好きな人でなくても、わたしを好きになってくれるなら、つきあってもいい。

 だめな人の方が少ない。

 太りすぎていなくて、痩せすぎていなければオッケー。

 発電できるうちはつきあうと思う。


 6時間目終了のチャイムが鳴った。

 あとはホームルームを終えて帰るだけ。

 日直が号令をかけて、みんなが「さようなら」と声を合わせた。

 今日はもう体内蓄電池が容量いっぱいになっているはず。帰宅して、家庭蓄電池に電気を移したい。

 さっさと帰宅しようと思って席を立ったのだが、沖館さんに呼び止められてしまった。

「相生さん、甘いものでも食べに行かない?」


『恋バナ』という名目でわたしをからかうつもりだろうか。

 いじられたくはないが、誘いを断るのももったいない。

 わたしはまだ高校で友だちがいない。

 昼休みに一緒にごはんを食べてくれる人すらいない。

 沖館さんは人懐っこい猫のような女子で、男女を問わず人気がある。

 そんな人が友だちになってくれたらうれしい。


 どう答えようかと考えているうちに、沖館さんに彼女と仲のいい宇津木うつぎさんが声をかけた。

千歳ちとせ、帰ろう」

「待ってよユナ。相生さんを誘ってるの」

 宇津木さんがわたしを見た。

 クラス1の美少女で、たぶんこの組の多くの男子が彼女で発電している。すらっとしていて、高貴な豹のような女の子だ。

 彼女の目に感情はなく、わたしには興味がなさそう。


「駅前の鏡石珈琲かがみいしコーヒーって知ってる? マスター手づくりのプリンアラモードが絶品なの。食べないのは人生の損失だから。行こうよ」

 沖館さんがわたしにぐいぐい来る。

 宇津木さんは透明な碧眼をわたしの胸のあたりに向けている。彼女には外国人の血が混じっているとの噂がある。


 からかわれるのは嫌だけど、女友だちがほしいという気持ちが勝った。

「いいよ。プリンアラモード、食べたいな」

「決まり。ユナも行くよね」

「うん。私はプリンは食べないけど」

「えーっ、なんで? 鏡石珈琲に行ってプリン食べないなんてあり得ない」

「私はあそこのコーヒーが好き。ダイエットしてるし、甘いのは食べない」

 沖館さんと宇津木さんがテンポよくおしゃべりをしながら歩く。わたしはその一歩後をついていった。 

 宇津木さんにダイエットなんて必要ないと思ったけれど、なにも言わなかった。体重が少し増えてるとか、本人にしかわからない事情があるのかもしれない。彼女のことを知らないわたしには突っ込めない。


 高校の最寄りの駅の近くに、『鏡石珈琲』と浮彫された銀色の看板の喫茶店があるのは知っていた。

 ふたりの猫科系女子に連れられて、わたしはそのお店に初めて入った。

 店内にはかぐわしいコーヒーの匂いが漂っていた。カウンター席が7つ、4人掛けのテーブル席が3つある。カウンターに3人お客さんが座っていて、テーブル席はふたつ埋まっていた。

 わたしたちは残りひとつのテーブル席にすべり込んだ。

 沖館さんと宇津木さんが横に並び、わたしは沖館さんの前。


 黒と白のメイド風の服を着たウエイトレスが注文を取りに来た。

 わたしと沖館さんはプリンアラモード、宇津木さんはブレンドコーヒーを頼んだ。

「ユナにはダイエットなんていらないじゃん」

 沖館さんが突っ込んだ。

「いるの。最近、お腹の肉が気になるんだよ」

「全然太ってないのに。少しくらいたぷんとしてた方がモテるよ」

「千歳みたいにか」

 宇津木さんが指先で沖館さんの横腹をつついた。

「やめろー」

「ぷにぷにだな」

「こらあ」

 沖館さんが宇津木さんの頭を軽くはたいた。

 めっちゃ仲いいな、このふたり。


 なんとか会話に入ろうとして、「すごく仲いいんだね」と言ってみた。

「ユナは親友なの」

「だだの腐れ縁」

「えーっ、ユナはあたしのこと親友だと思ってないのー?」

「幼馴染ってだけ」

 沖館さんが頬を膨らまし、宇津木さんはツンとすましている。

 どこからどう見ても、親密だ。

 百合にだって見えないこともない。


 変な妄想をすると、わたしの発電ユニットがヴヴッと起動した。

 この発電機、反応良すぎだろ、と思うが、停止しない。

 わたしはどうやら人並みはずれて発電しやすい体質みたいで、我が家の電気はすべてわたしの発電でまかなえている。電力会社への支払いはずっと無料。


 ウエイトレスがプリンアラモードとコーヒーをわたしたちのテーブルに置いた。

 キャラメルソースが乗ったカスタードプリンはなめらかで、周りをホイップクリーム、いちご、さくらんぼ、バナナ、キウイが飾っている。

 プリンにスプーンを入れると、ぷるぷる震えた。卵とクリームの味が濃厚で、確かに美味しかった。

 舌に意識が集中し、いつの間にか発電は止まっていた。

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