第140話 旅館でいちゃいちゃ

 「紬、こっち来て」


 紬は遊んでほしいときのきなこみたいに、近寄ってきて俺にとん、とぶつかる。


 そのまま、俺は布団に受け身を取るように転がる。いつの間にか、再び紬に覆いかぶさられていた。

 紬は俺と比べるとかなり小さいけれど、今日はなんだか包容力を感じる。


 「えへへ……あったかい」


 冬に暖かいもののそばで暖を取る猫みたいだ。やっぱり包容力というよりも、子猫に感じるような愛嬌の方が大きいか。


 絡み合っていちゃいちゃしているうちに、紬の浴衣がはだけてしまっていた。紬が四つん這いの体勢になったときに、胸元がちらりと見えて、ふたつの膨らみを捉えてしまう。


 「……その、見えた?」


 紬も俺と同じぐらいのタイミングで気付いたらしく、慌てて襟を掴む。


 「……えっと」


 はっきり答える代わりに、俺は目を逸らす。見えたといえば見えたけど、一瞬のことだったわけだし凝視はしていない。

 ただ、紬は察したのだろう。


 「……これでおあいこ」

 「ちょ……紬!?」


 紬は俺の浴衣に手をかけて乱し、俺の腹筋が露わになる。


 「……がっちりしてる」


 紬の細く白い指が、俺の腹筋のすじをなぞる。こそばゆく感じて、腹筋に力が入ったのをつんつん、と触れてくる。


 「あの……恥ずかしいです」


 俺は恐る恐る紬に声をかける。


 「私だって恥ずかしいですけど……こうすればお互い見た、ということになりますよね?」


 紬は動揺してか、昔の口調に戻ってしまっている。


 「そうだけど……俺は紬みたいに触ってはないかな」

 「な……た、たしかに」


 紬は真っ赤になって、慌てて俺のお腹から指を離す。俺はゆっくり体を起こし、紬をごろんと布団に寝かせて、形勢逆転を図る。


 「……紬」

 「……はいっ」

 「触ってもいい?」

 

 これで釣り合うでしょ、と付け加えると、恥ずかしそうにこくこくと首を動かす。


 そう恥ずかしそうにされると、若干罪悪感がある。……と同時に、もっとその表情を見たい、と俺の中の悪魔が囁くのも聞こえる。

 

 ……そういえば、帯があるせいで紬のお腹を直接ふにふにすることは叶わない。

 残念だな、と思いながら、俺は浴衣の上から紬のお腹に人差し指で触れる。


 布越しだとあまり触れられている感覚がしないのなか、きょとんとした表情でされるがままになっている。


 しかし、そんな反応で満足できるわけもなく、俺は両手を紬の横腹に沿うかたちで構える。


 「あ、あの……?」

  

 これからなにをされるのか薄々分かってきたのか、紬は俺の腕を優しく掴んでくる。


 「わ、私……そこは、弱いから」

 

 その一言は、いまの俺に対しては火に油を注ぐようなものだ。

 

 「やめ……ふふっ、あはは」


 俺は紬の脇腹をくすぐり始める。後悔しそうだな、と思いつつも手が止められなかった。


 「ね…、そーくん…ふふっ……笑いすぎ……ちゃう、から」

 

 紬は身をくねらせて、息も途切れ途切れにして絞り出すように言うけれど、俺はまだ手を止めない。


 「ふふっ……ちょ……やめっ」


 紬の荒い吐息を聞いていると、なんだか別世界への扉を開いてしまいそうな気がして、そろそろやめようか、と思い始めた。

 

 「……そーくん」


 俺がくすぐりをやめると、紬は警戒してか、急いで布団に潜って顔だけ出してこちらを見つめる。


 「つい……反応が可愛くて」


 火照った頬を覗かせる紬からの返事がなかなか返ってこない。


 「……そーくんになら、されても嫌じゃない」

 「……もう1回してもいい?」

 「そ、それは……だめ」


 紬はそう言うと、布団を被って隠れてしまった。

 ……さすがに1回で我慢しておこう。

 

 

 しばらくして、ごろんと紬が転がって布団から顔を出した。いちゃいちゃしていいよ、という紬の合図かと期待しながら、顔を覗き込む。


 「はあ……」


 愛しい彼女は、俺の心をかき乱すだけかき乱しておいて、いつの間にか目を瞑って休んでいる。


 俺は布団を被ってから、声をあげるのはぎりぎり我慢して身悶える。

 ガラスの向こう側で猫じゃらしが揺れていて、触りたいのに手が届かない時の猫の気持ちはこんなだろうな、といつもの俺らしい思考をして気持ちを落ち着ける。


 「明日見せて、照れさせるか」

 

 紬が俺の浴衣の襟をぎゅっと握ってはだけさせているように見える証拠をばっちり押さえておく。

 深夜テンションと、旅行の夜の高揚感が合わさってなりふり構わずいちゃいちゃしていたけど、明日は相当恥ずかしがりそうだ。


 

 

 

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