第137話 最高の言葉
「もうすっかり秋景色だね」
校門の脇に生えている桜の木の葉が紅葉しているのを見てか、紬は俺に声をかける。
「うん。過ごしやすいし、年中これでもいいって思っちゃうな」
何枚か、夏に取り残されているみたいに緑のままの葉もあるな、と思いながら言う。
「でも、夏はもう満足、って思っても、来年になったらまた待ち遠しくなるよね」
夏が過ぎた今頃は、もうあの暑さはたくさんだ、って思うのに、季節が過ぎていくうちに、また夏が待ち遠しくなるのはなんでだろう。夏らしい曲を聴いたとき、花火がお店に並び始めたりしたとき……夏の訪れがいっそう楽しみになる。
「うん。紬と夏祭りに行ったり、海に行ったりできるから」
「もう……」
紬は言葉とは裏腹に、まんざらでもなさそうな表情で俺の手を掴む。
「私が先に言いたかったのに」
「……今からでも、聞きます」
「恥ずかしいから、言わない」
そう言って、紬は手を離して、美しく黄色に染まった銀杏並木をすたすたと進んでいく。 俺としたことが……紬からのデレを待つべきだった。
「お家でクロときなこが待ってるから、行こう?」
紬は五歩ぐらい進んだところで俺の方を振り向く。
銀杏の木の葉がひらひらと舞う中、振り向いた彼女に、絵の中から出てきたんじゃないかと思うほどの美しさを感じる。
「……そうだね」
ちょっとの間、その光景に見とれていた俺は、黄色に染め上げられた道を再び歩き始める。
「……絨毯みたい」
「なんか、紬って……雰囲気だけじゃなくて、言葉も可愛いよな」
「……いきなりそんなこと言われると照れる」
そう一旦足を止めて話す俺たちのところに、秋の涼しい風を受けて雨のように木の葉が降って、そのひとひらが紬の髪に引っかかった。
「……可愛い」
「……む」
俺が銀杏の葉を注意深くつまみ上げると、紬は照れと、俺にされるがままになっていることへの若干の不満が混じったような顔を見せる。
「前よりそーくんの隙がなくなってる」
「そう?」
「私もそーくんの照れた顔見たいのに」
隙がなくなっている、と指摘されても、なかなか自覚するのは難しい。俺の反応が淡泊になっているという意味なら直すべきだな。
「家に帰ったらそーくんのこと照れさせるから、覚悟してて」
「……それなら、なおさら早く帰らないといけないな」
うん、と頷いた紬に手を引かれたのに応えて、俺もいつもより歩調を早めて歩いた。
「おかえり」
紬は一歩先に玄関に入って、俺を待ち構える。恥ずかしそうにしながらも、俺を受け入れようと腕を広げている。
「うん、ただいま……めっちゃ可愛いです」
ほんとに可愛すぎる生き物だな。
こういうのがいい、と改めて思う。ただでさえ、「おかえり」って言葉があるだけで一日の疲れが吹き飛ぶのに、それに加えてのこの行動は嬉しすぎるサプライズだ。
「その……紬も照れてない?」
密着したまま離れない紬は、たぶん顔が赤くなっていると自覚して隠そうとしているんだろう。そんな紬の頭にそっと手をのせる。
「……静かに」
「あはは、はい」
どっちも照れてしまうパターンが一番多いような気がする。それに、紬の照れ隠しがバレバレでわかりやすすぎるってだけで、俺もまあまあ照れさせられてると思う。
「こうなったら、温泉旅行で本気で照れさせる」
「紬、ちょっと拗ねてる?」
「……別に?」
紬は一旦顔を上げて宣戦布告してきたものの、俺がからかうとすぐにそっぽを向いてしまった。
ほんと、わかりやすすぎる。
「クロもきなこも、ちょっとずつ冬の装いになってきてるね」
リビングのドアを開けると、きなこたちが出迎えてくれて、紬はきなこを抱きかかえる。
「最近毛色も若干変わって少しまるっとしてきたかも、流石の観察眼だね」
「うん。猫のことが一番好きって気持ちは、そーくんにも負けない」
俺はそっか、と微笑む。紬は優しいまなざしでクロの顎を撫でてごろごろ言わせながら、呟く。
「……勘違いしてたらいけないから付け加えておくけど、猫たちとまったく同じぐらい、そーくんのことも好き」
「あ、ありがと」
その言葉が一番照れる。出会った時からずっと猫のことが好きで、猫を見かけると所構わず触れ合っていた紬に、そう表現されるのは、本当に心の底から好きって思ってくれているんだろう、と感じて胸が熱くなる。
「……そーくん、いまそんなに照れる?」
「紬らしい言い方で最高の告白をしてもらったら、そりゃ照れますよ」
紬は「一番が二つあるって言ったのに?」と微笑む。
1位タイでも、紬にとっての猫への気持ちに並べるものなんてないんじゃないか、と思えるから嬉しいに決まっている。
「うん、その言葉が一番、ほんとに思ってくれてるのが伝わる」
「なら良かった。久しぶりに、そーくんの本気の照れが見れた」
紬が気づいてないだけで、わりとどきどきさせられてるよ、と伝えたら、ちゃんと見せて、と言われてしまった。
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