第136話 勉強会という名の旅行トーク

 「一旦休憩しようかな」

 「それなら、私もこの和訳問題が終わったら休むね」


 文化祭が終わったかと思えば、次はテストだ。まったく、うちの高校の教師たちはどれだけ濃い高校生活を俺たちに送らせようとしているんだ。

 紬がその一問を解いている間、俺は邪魔しないように、それでも欲にあらがえずに、紬の横顔をちらっと見ては、ノートに視線を落としていた。


 「さて、重要な話題があります」

 「ふふ、なんでしょう?」

 「温泉旅行についてです」


 話を切り出すと、待ってました、と言わんばかりに、紬は前のめりになって俺の話を聞こうとする。


 「冬休みが始まってすぐの平日に一泊二日で行きたいなって思ってるんだけど、どうかな?」

 「うん、大丈夫」

 「それで、看板猫がいるところに泊まりたいな、って考えてて」

 「んんっ」

 

 紬はより前進してきて、俺の話に食いつく。目を輝かせていて、可愛らしい。


 「それは……すごく楽しみ」

 「そう言ってくれると思った」


 俺たちが温泉旅行の話をしていると、家を空けるのを察知してかきなこが俺の膝に上ってきた。

 いつも、ペットショップで猫たちを眺めていると湧いてくる、「俺の帰りをきなこたちが待っているのに……俺はなんてことを……」という気持ちになる。


 「……浮気性でごめん」

 「んんっ……?」


 紬さん、あなたも道端で猫を見かけると立ち止まって眺めたりするでしょうが、と眉をひそめる彼女に心のなかでツッコむ。

 

 「猫の話だからね……?」

 「うん、分かってるよ」


 紬の表情は柔らかくなったけど、きなこにはずっと見つめられている。ごめんなさい。


 「で、候補はこんなところなんだけど」


 有名な温泉街の一角にある風情のある温泉旅館。それだけで満足できそうなのに、そこに首に鈴をつけた看板猫がいるという。間違いなく幸せいっぱいの空間だろう。

 

 「改めて考えると……温泉旅行とか初めてだな」

 「私も、家族に日帰りで連れて行ってもらったことはあるけど……泊まるのは初めて」

 「紬と泊まりの旅行に行くのも初めてだよね」

 「うん。泊まりの旅行だと、また違ったそーくんを見られそう」

 

 「計画性があるところとか、見せないとだね」と言って笑ったら、「もう十分知ってるよ、頼りにしてます」と微笑んで照れさせてきた。


 お互い猫を飼っていると、預けることができないのでなかなか泊まりに行くことはなかったけど、今は頼める人の顔が何人か思い浮かぶ。

 ……そういえば、親が帰ってくるような。帰ってくる期間に家にいないのは申し訳ないけど……受験期は家にいてくれるらしいし、まあいっか。


 「……家族風呂?」


 俺は温泉旅館のサイトに書かれた文字をつい口に出してしまう。


 「か、家族」


 それだけ言うと、紬は赤面して一言も発さなくなってしまった。

 ここ一年の間は、お互い一番長く過ごしてきた相手どうしなので、実質家族みたいなものだ、という話は前にもしたことがあるような気もするが。


 「……つまり、そーくんと一緒に入るってこと、だよね」

 「……いろいろまずいな」

 

 不特定多数の客が来る温泉では、体を隠すものも使えないわけだし。


 「さすがにお風呂は別々……だね」

 「……うん。高校卒業したら、私も頑張るから……待ってて」

 

 え、と思わず聞き返したくなった。

 そんなこと言われたら、いくらでも待つよ、と言いたくなる。お互い、高校卒業後に思いをはせて、ちょっと恥ずかしくなって俯く。

 

 「そ、そろそろ再開しよう?」

 「そうだね、勉強できるときにしておかないと」

 「……今頑張って、そーくんと最高の冬休みを迎えたいから」


 紬はそう言って、希望に満ちた瞳で俺のことを見つめてから、再びペンを握る。俺も頑張る紬に負けじと机に向かった。



 4、50分ほど勉強していると、この問題ってどう解くんだっけか、と思考がまとまらなくなってきた。糖分不足だろうか。

 温泉旅館ってことは、寝間着の浴衣を着た紬が見られるってことか、とぼんやり考える。……布団って並べて敷いてあるのかな。

 いかんいかん、集中力が持たなくなってきている。


 「そーくん……?」

 「……ん、どした」

 「さっきから、ペンが動いてない気がして。私がもう解いてるところかもしれないから、そーくんに教えたりできるかなって思って」


 俺の彼女はなんて優しいんだろう、と思うと同時に、俺はなんて男子高校生的な思考回路をしてしまっていたのだろう、と思い罪悪感が胸にのしかかる。

 返事を考えている間に、紬は俺の隣に座りなおす。


 「そーくんが私にいいところを見せたいって思うように、私もそーくんに対してそう思ってるから、遠慮せずに頼ってほしい」

 「はい……お願いします」


 解法が分からず、実際つまずいていたところを紬に教えてもらえたが、若干勘違いされていることは訂正できなかった。



 


 


 





 

 

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