第135話 文化祭二日目

 俺たちは朝から、学校近くのハンバーガーチェーンにやってきた。いつもの放課後は、高校生たちがたむろしていて入りづらいが、今朝はその心配はない。


 「ふたりとも、好きなもの頼んでいいよ」

 「いいんですか?」

 「うん。今日も頑張ってもらうことになるだろうから、一日分のエネルギーをここで溜めていってもらおう、と」


 彼女と後輩の前では、つい太っ腹なところを見せたくなってしまう。


 「じゃあ、デザートもつけちゃいます」

 「私も、お言葉に甘えて」


 優愛に続いて、紬もプチパンケーキを注文する。……まあ、朝メニューは安いから大丈夫だ。

 俺も英気を養うべく、ハンバーガーだけでなくコーラフロートも頼んだ。


 「おいしい……今日も頑張れそう」

 「私もです」

 「俺も」


 ちょっぴり豪華な朝ごはんを味わえて、美味しそうにパンケーキを食べる紬を見られて、俺のバッテリーはフル充電された。





 「今日もよろしくね」

 「はい、頑張ります」


 大切な保護猫を鈴木さんたちから預かって、俺たち猫部の文化祭の二日目が幕を開けた。開幕直後から、ぞろぞろとお客さんが列をなしている。


 「もうパンフレットなくなってるので、印刷してきますね」

 「おう、ありがとう」


 今日も猫部の企画は大盛況で、昨日練り直した想定を上回るお客さんがやってきてくれた。嬉しい誤算ではあるけれど、ひとつ悩みも生まれる。


 「猫たち、疲れないかな」


 お客さんの波が落ち着いたタイミングで、ケージの中をのぞきながら呟く。くりくりとした可愛らしい瞳と、一瞬目が合った。

 もう二時間ぐらい経ってるし、昨日に引き続き人々の視線にさらされるのは疲れるだろうな。


 「……早めに迎えに来てもらう?」

 「そうだなあ……30分ぐらい早く切り上げようか」


 保護猫について知ってもらうという目的は、昨日今日で十分達成されただろう。

 そう思って、俺は鈴木さんに連絡を入れることにした。


 「早く彼女と遊びたくなった?」


 鈴木さんは肘で俺のことをちょいちょい、とつついてから耳打ちしてくる。


 「違いますよ」

 「まあ、違ってるのは知ってたけど……もうちょっと反応してくれてもいいじゃん」

 

 俺が苦笑いで返すと、鈴木さんは若干ふてくされてしまった。結果的に、紬と回る時間が増えたのは良かった……のか。


 「お疲れ様。ふたりとも、二日間頑張ってくれてありがとう」


 俺が声をかけると、ふたりはそろって笑顔を見せる。


 「あっという間でしたね」

 「私、先生のところに終了したと報告に行ってきます」

 「お、ありがとう」


 部長としての立場が弱くなっているような気がする、と紬を見送ってから思った。


 「そういえば、今日、せんぱいは紬先輩とデートするんですよね?」

 「……そうだな」

 「まあ、私はお兄ちゃんと回りますよ、そういう話で昨日の午後は楽しんだんですもん」


 優愛にしてはやけに引き下がるのが早い気もするけど。

 俺が何も返事をしないでいると、本心ですからね?と念押ししてきた。

 今日はなんとなく、からかい合う雰囲気でもなくて、部室は静まり返る。


 「戻りました」

 「ありがとね、紬。これからの時間は、文化祭が終わるまで色々回って満喫しよう」

   

 優愛にも、ありがとな、と伝えて、それから紬の手を引いて出店が並ぶ文化祭のメインストリートへと繰り出した。




 「そーくん、あれやろう」

 「おー、いいね」


 紬が指差したのはお祭り名物の型抜きだ。なんとなく懐かしい気分を思い起こさせるので、祭りではついやりたくなる。

 上手く行ったことはないけど。


 「む……」


 紬は型抜きの線が入り組んで複雑な部分で苦闘しているようだ。


 「あっ……」

 「まあまあ、型抜きはそういうもんだよなあ。結構上手だと思ったけど」


 ぱきっとヒビが入ってしまい、残念そうな表情を俺に見せる。


 「そーくんがやってるところも見せて」

 「何も喋らなくなるかもしれないけど、いい?」 

 「うん。集中してる時の顔、格好いいから」


 周りの客から、最初の方で失敗しろ……という視線の圧を感じる。俺はそんなものには屈しない。

 

 「ぐぁ……」

 「ふふっ、私のほうが上手だったね」


 結局ふたりとも上手く行かなかったなかでも、最後の難関で失敗した紬に比べると、俺はからっきしだめだった。


 「気を取り直して、次行こう」

 「うんっ!」


 紬は大きく頷いて、俺の手を握る。

 時間はあまり残されてないけど、全部の出店を制覇するぐらいの気持ちで回ってやろう。



 俺たちは戦利品を得てから、屋上へと上がってきた。

 

 「ここで、終わりまでゆっくりしたいな」

 「買ったもの、ここで食べよっか」


 今日の組み合わせは、クレープとチュロスとフラペチーノという、甘々ハッピーセットだ。


 クレープを味わい、フラペチーノを飲むと、一休みしたくなって立ち上がる。


 「うーん、もう秋も終わりか」


 俺は夕空を見上げて、ちょっとした寂しさを感じる。もう高校生活は折り返しを迎えていて……受験勉強シーズンを考えると、高校生活を純粋に楽しめるのはあと半年もないぐらいか。


 「なんだか、普段あんまり見ない表情してる」

 「……紬は鋭いね」

 「うん。いつも、そーくんのこと見てるから」

 「なんか照れるな」


 そう自信満々に言われると、照れるしかない。


 「……高校生活も、なんだかあっという間に過ぎていくなあって」

 

 夕日をバックにして、ムクドリの群れが過ぎていくのをぼんやりと眺める。


 「私も、そう思う。だから……やり残したことはないって卒業の時に言えるようにしたい」

 「そうだね」

 「私はまだまだそーくんとしたいこと、あるから」


 紬は、俺の隣に並びかけてきて微笑む。

 たぶん、この微笑みを際立たせるために、今日のこの夕陽は輝いているんだろう、と思えるほど、俺の視界に映る全てが美しい瞬間だった。

 






 

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