第134話 肝試し(?)

 「じゃあ、済んだら合流して戻ろう」と声をかけて、俺たちはそれぞれトイレに入る。

 


 照明の人感センサって素晴らしいシステムだな、と感じながら俺は手を洗う。廊下にもセンサをつけてくれ。


 優秀な人感センサは俺がトイレの外に出た瞬間、ライトを消してきた。

 いきなり明るいところから暗いとこに出ると目が慣れないんだけど……そこの配慮は足りてないな。

 俺がスマホのライトをつけると、不安そうな表情の紬がぼんやりと照らし出された。


 「……びっくりしたぁ」

 「俺以外いないし、大丈夫だよ」

 「そうだけど……」


 さっきは紬はそんなに怖がってなかったけど、真夜中はまた別物か。


 「俺が連れて行くから、目瞑ってていいよ」

 「……子供扱いしてる」


 紬のいまの表情は、暗くて確認できないけど……きっと、むーっと不満を伝えるような顔をしていることだろう。

 まあ行こう、と俺は紬の手を引いて歩き出す。恐る恐る歩き出した紬の一歩は普段よりも小さくなっているような気がする。


 「……なんなら、背負おうか?」

 「……甘えてもいい」


 俺は答える代わりに、紬が上りやすいようしゃがみ込む。


 「〜ー……!?」


 俺の首元に紬の手が当たって、声が出そうになるのをなんとか抑える。

 今日は紬の手、なんだか熱くないか? それとも、俺の体が冷えてるのか?


 「もしかして、重かった……?」

 「いやいや、そんなわけないよ」


 俺が進み出さないせいで、全く別の方向の心配を紬がしてしまっている。そろそろ歩き出さなきゃ。

 紬を背負って暗闇の廊下を歩くと、行きよりも怖さが減ったような気がする。かっこ悪いところ見せたくないから、かな。


 「「……!」」


 暗闇の中、部室のドアをゆっくり開けると、わずかな光を受けて目が浮かび上がる。

 ……猫たちか。


 一瞬ふたりでヒヤッとしてから、そのまま布団に横になる。部活の合宿用に、備品として置いてあったものらしい。


 「どうだった、プチ肝試しは?」

 「そーくんがいたら安心するから……肝試しにならなかった」

 「その、照れます」


 布団に横になったものの、俺たちは体を起こしてこそこそ話す。

 ただ、真夜中の学校の廊下を一人で歩くのは肝試しなんてレベルの怖さではないと思う。虫の羽音が耳元でしただけで、耐えられなくなって走り出してしまうと思う。

 

 「学校で寝泊まりするなんて、不思議な気分だね」

 「うん。一度やってみたかったから、紬にセッティングしてもらえて嬉しいよ」

 「喜んでもらえてよかった」


 紬が微笑んだのを、暗闇の中でも確認することができた。


 「……温泉旅行、楽しみにしてるね」

 「うん。紬に喜んでもらえそうな場所の目星はついてるから、楽しみにしてて」


 ふと時計に目を凝らすと、もう23時を回るころだった。明日も半日ほどは働きっぱなしになるわけだし、そろそろ体を休ませておこう。

 

 「もうこんな時間だし、寝ようか。おやすみ、紬」

 「おやすみ、そーくん。明日も頑張ろうね」


 その最後の一言を付け加えてくれるあたり、紬らしいなあと感じる。明日も頑張れそうだ。




 「ん……よく寝た」


 雀のさえずりが耳に流れ込んできて、俺は目を覚ます。

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、俺の布団の中に紬が潜り込んでいた。


 紬にぶつからないように起き上がろうとすると、今度は背中側に温かいものが触れる感覚がある。紬の反対側では、優愛が布団の端をぎゅっと握ってすやすや眠っていた。

 

 「今暑いのはこのふたりのせいか」


 いや、枕元で見守っている猫たちのせいかもしれない。


 「……私はせんぱいと一夜を明かした、ってことでいいですか?」

 「うおっ、びっくりした。いつの間に起きたんだ」

 「ふふっ、朝からせんぱいの驚いた顔を見られて幸せです……」


 俺は声がした方を振り向いて、伸びをする優愛を視界に入れる。

 気持ちよさそうな、ゆるい笑顔を見せた優愛はこてんと横になると、布団を引っ張って丸まる。


 「二度寝すんな、早く朝ごはん食べなきゃなんだから」

 

 そう言いつつも優愛のことは一旦置いといて、先に紬を起こすことにした。


 「紬ー、そろそろ起きて」

 「おはよ、起きてたよ」

 「あ、起きてたんだ」

 

 俺が紬に触れると、目をすぐに開いてこちらを見つめる。

 起きてたのなら、なんで寝たふりなんかしてたんだろ、と思ったが、その答えはすぐにわかった。


 「……私の方が、何回もそーくんと寝たことありますけど」

 「誤解を招きそうな発言だな……」


 抗議したくなったのを狸寝入りでごまかしてたのか。なんだか微笑ましいような気持ちが湧き上がってくる。


 「……そ、そういう深い意味は込めてません」


 紬は恥ずかしそうに顔を背けてから、「朝ごはんにしましょう」と声を振り絞る。この時間からやってそうな、駅周りのチェーン店にでも足を伸ばすとするか。



 











 

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