第133話 部室でお泊り

 各々が準備を済ませて戻ってきた頃には、辺りは暗くなっていて、まだ片付けをやっている出店と、いくつかの教室と……それから、職員室の明かりがついている程度だった。

 まだ先生たちは働いてるのか……と思いながら、秋の月をぼんやり眺める。


 「もうすっかり夜だね」

 「うん。月、綺麗」


 顔に爽やかな夜風を浴びながら、紬と一緒に夜空に輝く満月を見つめる。

 紬はくちゅん、と可愛らしいくしゃみをして、俺の袖をちょっとだけ掴む。


 「冷えてきた……? そろそろ戻ろっか」

 「うん、お願いします」


 とりあえず俺の制服の上着を被せて、部室の方へ戻る。夜なので、袖が余ってぶかぶかな様子がはっきり見えないのが悲しい。


 「……思ったよりも暗いね」

 「そうだね……懐中電灯とか、必要だったかな」


 外はぼんやりとしている中にも柔らかな温かさを感じる月あかりがあったけれど、人気のない校内は消火栓だけが無機質な赤い光を放っている。俺たちが一歩踏み出すたびに、足音が廊下に反響する。

 正直に言うと、夜の学校まじ怖い。

 

 「……まあ、俺がしっかり手握っておくから、大丈夫」

 「ふふ、うんっ」


 俺はちょっとだけ強がって、紬の手を握る。紬は普段ならもう少し怖がっていそうだけど、思いのほか余裕そうだ。


 消火栓と窓からの明かりだけを頼りに、部室がある棟までやってきた。部室からはいつもと変わらぬ光が漏れ出していて、俺たち二人の緊張感が緩む。

 もう優愛は戻ってきてるのか。


 「お、妹を頼んだぞ〜。正直言うと、夜の学校とか楽しそうだし俺も泊まりたいけどな」

 「うん。任せろ」

 「おう、じゃあ俺は帰るわ」


 面倒見の良い兄が優愛を送り届けてくれた。さすがにこの暗い中なので合流しようか、と提案したけど、遠慮されていて若干心配ではあった。


 「さて、全員揃ったことですし、楽しみつくしちゃいましょう!」

 「もう深夜テンションか?」

 「こんな非日常、楽しまない方が損ですよ! まずは大富豪からやりましょう!」


 そう言って、優愛は修学旅行の夜かって言いたくなるぐらいの量のカードゲームを並べる。トランプ、ウノか……高校生にもなると遊ぶ機会がほとんどなくなるので、小学生や中学生の頃が懐かしく感じられる。


 「私も、今日はなんだか眠くないので……明日に支障が出ない程度には私も楽しむつもりです」

 「そっか、なら俺も目いっぱい楽しもうか」

 「……そうと決まれば、負けた人が勝った人のお願いを一つ聞くってルールが必要じゃないですか?」


 優愛の瞳が狡猾な狐のようにギラリと光る。紬に、そんな勝負乗る必要ないぞ、と声をかけようと思って横を向く。


 「いいでしょう。……そーくんは譲りませんから」

 「そ、そーくん呼び……い、いつの間に」


 既に勝負は決している気がする。ほんと、紬はここぞという時にデレるのが上手くなってきていると思う。まあ、優愛もそれなりに安心できる相手という認識が紬の中にあるんだろう。



 「……俺の勝ち、あとは二人で決着つけてくれ」

 「「む……」」


 じとっとした視線を二人に向けられてしまったので、俺は猫をなでながら待機することにした。お願いってなにがあるかな、と考えながら、毛並みを乱すことのないように撫でまわす。

 いつもはいないやつらがいるな、と思われているだろうな、と思うと自然と笑みがこぼれた。



「くっ……私の勝ち、です」


 勝ってもこんなに喜ばないことってあるんだ……試合に勝って勝負に負けた、みたいなことか?


 「ふふっ、私の負けです」


 まあ、負けなければ勝者である俺のお願いは聞けないというルールなので、こうなるか。


「お願いは……」


 紬にお願いしたいこと……お願い……そうだ。


「冬休みに、温泉旅行に行きたい」 


 俺は紬の手を取って、目をしっかり見て伝える。

 しかし、数秒経っても紬から反応がない。それどころか、部室全体の時間の流れがゆがんで、ゆっくりになったような気さえした。


 「せ、せんぱいって大胆なんですね……」 


 優愛がそう言うと、紬は頬を真っ赤にして、それから慌てて顔を手で覆い隠す。


 「……うん、いいよ」

 「あ、ありがとう」


 紬のか細い声を聞いてからよく考えると、俺もとんでもないことを言っていたような気がしてきた。


 「ま、まあふつーに2戦目やろう。これ以降は勝ち負けでどうとか、って言うの無しで」

 「勝ち逃げするつもりですかー?」

 「私もちょっと引っかかりますけど……せっかくですし、3人で純粋にゲームを楽しみましょう」 


 なんとか紬が丸く収めてくれそうだ。


 「紬先輩……! って、紬先輩も得するからでしょ!」

 「バレてしまいましたか」


 そう言って、紬と優愛は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。ふたりとも楽しそうで、本当に良かった。

 じゃ、第2戦やろう……!と言いながら俺はトランプを配った。



 「すぅ……」


 優愛は幸せそうに、猫たちに囲まれて眠りに落ちた。紬はそっとブランケットをかけてから、俺の方に寄ってくる。


 「私たちもそろそろ寝よっか」

 「そうだね」

 「それで、その……暗いから、付いてきてほしい」


 紬はおどおどと部室の外を指差す。もう街は寝静まるような時間なので、もちろん高校内には人がいない。

 肝試しは、宿泊の目玉みたいなところあるもんな……と俺は覚悟を決めて、紬と暗闇に進み出た。

  

 


 


 


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