第132話 初日の夕暮れ
「お疲れ〜」
「「お疲れ様です!」」
俺たちはオレンジジュースの紙コップを軽く当てて、気の早いような乾杯をする。
机の上に、3人がそれぞれ買ってきたアメリカンドッグ、チュロス、唐揚げとポテトを広げる。各々好きなように買ってきたせいで、男子高校生も真っ青な油マシマシセットになってしまっている。
「あとで綿あめとかも買おうか」
「そうですね、甘味ももう少し欲しくなってきました」
まるでパーティーだな、と思いながらアメリカンドッグに手を伸ばす。傾き始めた太陽が、俺の腕の影を長く伸ばす。
「……文化祭終わりみたいな雰囲気してません?」
優愛は心配そうに俺の顔を覗き込む。……そんなに疲れて見えるのか、と若干気にしてしまうな。
「……緊張が緩んでリラックスモードになってるだけ。ふたりが良いなら、休憩し終えたあと見て回ろうと思う」
「食べ終わったらすぐ行けます!」
優愛の文化祭に対する熱量がものすごく伝わってくる。
「私も、蒼大くんが行けるタイミングで大丈夫です」
紬も微笑んでくれたので、「とりあえず、今はゆっくり味わおうか」と声をかけて、俺はアメリカンドッグを頬張る。
懐かしさを感じるような、ケチャップの味が口の中に広がる。
「どこから回ろうか」
「迷ってる暇はないですよ……! とりあえず歩き回ってみて、気になるお店全部覗いちゃいましょう」
「たしかに、その方が良さそうだな」
もう西の空が鮮やかに染め上げられていて、出店も1日目のラストスパートに入っていて慌ただしそうだ。
「……ん」
紬は俺と優愛の間に入ろうかという素振りを見せたが、反対側に回り込んできた。
「……私のことも、ちゃんと見てて」
言ってるうちに恥ずかしくなったようで、後半はだいぶか細い声になっていた。
「もちろん。さっき俺と手を繋ごうとしたけど、クラスの男子がいたから慌てて手を引っ込めたところも、可愛いなーと思って見てた」
そう笑って言いながら俺は紬の手を取る。まだ学校で大っぴらにいちゃいちゃするのは恥ずかしいな、と思っている節があるんだろう。まあ、俺も恥ずいけど。
「見てたの……? そーくんのいじわる」
「……俺が悪者にされるの?」
「うん。ふふっ」
紬も楽しそうで良かった、と思いながら歩いていると、綿あめの文字が目に入った。
「綿あめ、食べない?」
「賛成でーす!」
紬もこくりと頷いてくれて、俺たちは列に並んで綿あめの雲が発達していくのを見守る。
過ぎ去った夏の、入道雲を思い出させるような綿あめを受け取って、俺たちはまたゆっくり歩き出す。
「あそこのベンチにでも座ります?」
「そうだね」
ベンチにはちょうど夕陽の光が差していて、明るく輝いて見える。ちょっと眩しく感じそうだけど、あそこに座ればパワーが貰えそうだ。
「……思ったより、売り切れのお店も多かったですね」
優愛は脚をぶらぶらさせながら、人だかりを見つめる。
「まあ、お昼にあれだけ人がいればな。もっと色々買いたかったよな、すまん」
「……? どうしてせんぱいが謝るんです?」
「ずっと働き詰めだったし、さっきもだらだらしすぎたかな、と」
「……私、この3人で回れてすっごく楽しいです。世界で一番……いや、2番目? 3番目?に幸せだと思ってますよ」
「そこは一番って言ってくれよ」
「えへへ……でも、同率一番はせんぱいたちふたりだと思ってるので。って、あれ……?」
優愛の頬を、一筋の涙が伝う。
……よく考えれば、俺はなんてノンデリカシーな発言をしたんだろう、と反省する。俺が声をかける前に、紬はそっとハンカチを差し出していた。
「……来年は、一緒に仕事とか、こうやって時間を取って回ったりするのもできないんですよね? そう思うと、急に涙が」
「たしかに、そっか……」
夕陽は眩しくて、目を瞑ってしまうくらいに輝きを増して俺たちの顔を照らす。
「その、提案があるんですけど……聞いてもらえますか?」
紬が口を開いて、俺たちは顔を上げて向き直る。
「……もし、鈴木さんたちの都合が合わずに保護猫ちゃんたちを連れて帰ってもらえなくなった場合に備えて、部室の使用と学校での宿泊の許可を取ってたんですけど……」
「それって……!」
「はい。もう一度先生に確認はしますが、部室で泊まることもできるはずです」
……企画上手すぎない?
心のなかで感嘆の声が漏れる。
たしかに、文化祭期間は演劇部も合宿を行うと聞いたことがあるし……ありなのか。
「蒼大くん、一緒に確認しに行きましょう」
「わかった。行こうか」
「……そうか。花野井はあとで猫村の口から詳細を聞いてくれ」
早乙女先生は紬を遠ざけてから、俺に耳を近づけるように促す。
「……分かっているとは思うが、あんまり羽目を外すなよ。猫用のカメラは確認できるからな」
「重々承知してます」
「なら良い。……猫部が合宿とは、改めて考えると面白いな」
運動部の顧問をしていた頃を思い出すな、とクールに微笑んで、辺りが暗くなる前に準備するんだぞ、と見送られた。
「どうだった?」
紬からの問いかけに、俺はぐっと親指を立てて応える。一旦家に帰って、きなこたちに留守番を任せないと、だな。
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