131話


 「飼うのなら保護猫がいいと思ってたんです」

 「それは良かったです。では、こちらから団体の方に話をつないでおきますね」


 俺は説明を終えて、ふう、と一息つく。このお客さんは、以前家に迷い込んできた子猫を保護した経験があるらしく、保護猫団体としても、ぜひ譲渡したい、と思うに違いない。


 なにより、猫を見つめる視線が優しかった。それに、目が合うと、ゆっくり瞬きをしていて、猫と接するときの作法も完璧だった。


 ふと猫の方を見やると、子猫の顎をなでながらちゅーるをあげている紬の姿が目に入った。大勢のお客さんがいる中ではあるけど、猫を目にすると紬はいつものように甘々モードになるらしい。

 ふふ、と紬の口から微笑みが漏れると、周りの視線が紬と猫に集中する。


 「……やっぱ天使」

 「……惚気ないでください、仕事中ですよ」


 優愛は俺の脇を人差し指で突いてくる。絶妙に効くからやめてくれ。


 「当たり強くないか」

 「そんなことないですっ。宣伝、行ってきます」

 「ありがとう、頼んだ」

 「もう一声お願いします」

 「……優愛にしか頼めないんだ。任せた」

 「しょうがないですね~、行ってきます」


 優愛はにんまりとした笑顔を見せて、軽くスキップしながら部室を出ていく。


 いや、ちょろ。

 頼み方を工夫して、たくさん働いてもらおう……と若干悪い考えになりかけた。



 「お疲れ様、そーくん」


 お昼時に周りに人がいなくなったタイミングに、紬はペットボトルの水と一緒に元気が出る囁きを差し入れしてくれる。


 「ありがとう、紬もお疲れ様。ちょっと休憩しよっか」

 

 俺は隣に座るように紬を促してから、いただきます、とペットボトルの水で喉を潤す。疲れた体に沁みる、ほどよい冷たさだ。


 「紬は喉乾いてない?」

 「……その、先に飲んでたから」


 俺がペットボトルに口をつけた瞬間から、紬の挙動がなんだかぎこちなくなったのはそのせいか。

 俺が声をかけると、耳の赤らみが増したような。


 「もう恥ずかしがらないかと思ってた」

 「……学校だし、人が来るかもしれないから」


 そう聞くと、途端に恥ずかしく感じてきた。


 「お疲れ様でーす!」

 「お、おお。お疲れ様」


 紬が言って数秒経つか経たないか、といううちに、元気な声が耳に届いた。


 「危なかった、ね」


 紬は優愛が背中を向けた瞬間、そう呟いて視線をこちらに向けてくる。恥ずかしがっているようで、ちょっと子どものようないたずらっぽさも感じさせられる表情だ。


 なかなかチャレンジャーな紬に、ドキドキさせられて体温が急上昇するのを感じる。俺としては、今の状態の方が危ない。


 口元に手をやって、紬にも聞こえないぐらいの声で「……反則だろ」と呟く。

 今日の不意打ちは、俺にとって効果てきめんだった。

 



 その後も接客や猫の世話をしていると、あっという間に15時前になっていた。


 「……今日は猫の体調を考慮して、ここまでとさせていただきます」


 1日目の全体終了よりかはだいぶ早いけれど、致し方ない。残念がってたお客さんもいたな……明日来てもらえるといいけど。

 

 まあ、今日だけで10人以上も熱心に説明を聞いてくれる人がいたのは大きな収穫だ。今日ここに来ていない保護猫たちにも、家族ができるかもしれないと嬉しくなる。


 颯爽と現れて、「あとは任せて」と言ってくれた鈴木さんに仕事を引き継いで、俺たち3人は集まる。


 「じゃあ、1日目お疲れ様会でもやろうか」


 俺が提案すると、ふたりの瞳は輝きを増す。


 「今日は3人でもいいかな……紬?」

 「もちろんです。3人で回るのも楽しいと思いますし」

 「せんぱい……!」


 優愛は思いきり紬に抱きついて、紬は一瞬驚いてたじろいでいたものの、微笑みを見せる。なるほど、これが百合が咲き乱れる花園か、と変なことを思った。


 「先輩たちはなに食べたいですか? 動き回りましたし、たくさん食べましょう」

 「そうだな……3人がそれぞれ好きな出店に行って、分け合うって言うのはどう?」

 「「賛成です」」

 「じゃあ、16時にこの中庭に集合でいいかな」


 ふたりから同意が得られたので、一旦解散、ということにする。せっかく皆で分け合うということにしたので、紬の好きなもののリサーチも兼ねてひとりで見て回るか。


 


 「結局、おなじとこに来ちゃったね」


 目指す先に見慣れた後ろ姿があった。

 こちらに振り向いて、紬は俺のことを見上げて微笑む。


 「そーくんも、アメリカンドッグを買いに来たの?」

 「うん。去年買ったような記憶があったから」

 「私も同じ記憶を辿って、ここに来たから……なんだか嬉しい」


 1年前、紬と一緒に回った文化祭のことがまるで昨日のようにはっきりと思い出される。

 あの2日間をきっかけに、さらに距離が縮まって今があるんだよな。


 「でも、今日は別々のを買わないとだね……残念だけど」

 「まあ、あとで一緒に食べられるから。俺は隣のチュロスを買っていくよ。」


 毎度あり〜、と元気な声を聞きながら、袋を受け取って、ふたりで集合場所に向かう。文化祭は1日目だけど、働きづくしだった日中と、今からの時間で2日分と同じくらい楽しめそうだ。

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

可愛い迷子の黒猫を拾ったら、クラスで大人気の猫系美少女に懐かれた チルねこ @chill-neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ