第129話 久々の学校

 「おー、夏休み楽しんでたか?」


 相変わらず快活そうなイケメンの陽翔はニヤッと笑いかけてくる。


 「……いや、楽しんでたに決まってるか」

 「なんか蒼大日焼けしてるしな」

 「そうか?」


 何人かが集まってきて、たぶん紬となにしてたか聞かれるんだろうなと覚悟する。最近は返答に慣れてきたので、話題として挙げられたいまである。


 「美少女とのラブコメは聞いてられないよな」

 「だな。なんか、嫉妬の気持ちすら湧かなくなってきたし」


 ……なんか想定と違った。


 「さっきもナチュラルに一緒に教室入ってきたしな」


 たしかに、そうだった。

 指摘されてから紬の方に目をやると、ちょっと照れた様子で、すぐにぷいと目をそらされた。

 とはいえ、たまに紬の方をチラッと見ると、こちらの様子を伺っているみたいで、目が合う。


 「教室の中でもイチャイチャすればいいのに」

 「……紬は恥ずかしがり屋だから、人前でイチャイチャしたがらないかも」

 「……はあ、分かってるのか分かってないのか」


 紬は恥ずかしがると思うけどなあ。俺だって、陽翔の言わんとすることは分かってる。 たまに恥ずかしさを忘れて俺に近づいてくるときがあるだけなんだ、たぶん。……なんか嬉しく感じる。



 ゆったりと時間が流れる秋の放課後でも、部室に猫たちと3人が集まると、若干暑く感じる。まだ9月だし、暑いのは当たり前か。


 「今日からは文化祭の準備も始めたいと思う。と言っても、準備することはそこまで無いけど」

 「そうなんですか……私、いっぱい働けますよ」


 後輩は仕事が少なめなのが残念みたいだ。それならいくらでも増やしてあげられそうな気はする。


 「まあ当日は忙しいと思うから。先生に当日はこの子達を預かっておいてもらえることは決めてきたし、準備は宣伝ポスターつくるぐらいかな」

 「それは紺野さんと私で分担します。私も、貢献したいので」

 「ふたりで頑張りましょうね!」

 

 紬は健気な後輩ムーブを見せていた優愛に微笑みかけて頷く。

 文化祭はきっと上手くいくな、と安心して、俺はご飯をくれとせがむ部室の猫たちにカリカリを出した。




 「……やっとふたりきりになれた」

 「……そうだね」


 紬はやっと待ち望んでいた時が来た、と言わんばかりの笑顔で言う。

 今日一日学校ではずっと今まで通りの口調だったので、いきなり浴びると心臓が跳ねる。


 「これからの時間は、ひとり占めさせてね……?」


 紬は間違いなく、俺の「おとしかた」を知っている。


 「……やっぱり紬には敵わないな」

 「……?」


 いや、悪い意味とかじゃないよ、と返し俺は紬の手を握る。学校ではここまで近づけない分、この距離感が愛おしい。


 「……あ、猫ちゃん」


 そう呟いたのが聞こえて、たぶん猫を見たいだろうな、と思って俺は紬の手を離す。


 黒いもふもふの塊が視界の端から現れたかと思うと、勢いよくブロック塀を駆け上がってそこに鎮座する。

 紬は警戒されないように、ゆっくりゆっくりと距離を縮める。それから、いつも猫と顔を合わせたときにするように、瞬きをして敵意がないことを示す。


 相手の猫と紬の、瞬きをするタイミングが揃って、まるで心が通じ合ったみたいだ、と感じる。


 「ふふっ、かわいい」


 紬は毛づくろいを始めた猫を見守っている。

 ……猫を見守る紬も可愛いよ、などという今かけるべきでない言葉は心の中にしまっておく。

 

 猫はしばらくして毛づくろいを終え、ちらっとこちらを見やったあと、なにか塀の下か側面に興味を引くものがあったのか、尻尾を振り始める。

 そして、すぐに飛び降りて姿を消してしまった。


 「やっぱり気まぐれだなあ。帰ろっか、紬」

 「……うん」


 後ろ髪を引かれるような思いなんだろう。紬は猫が過ぎ去っていった先の方を見つめている。


 「……クロたちが待ってるね。そーくんも、待たせてごめん」

 「いや、大丈夫だよ。猫にまっしぐらな紬も可愛いから」

 「ごめん、せっかく手握っててくれたのに」


 そう言って、紬はもう一度しっかり俺の手を握る。手のひらの温度が、じんわりと伝わってくる。


 「まあ、そんなこと気にしすぎないで、そのままでいてほしいな。ありのままの紬が好きだから」

 「……猫みたいに気まぐれでも、可愛いって言ってくれる?」

 「そりゃもちろん」


 そこまで気まぐれって風でもないけどな、と思いながら、口角が緩むのを感じる。


 「……紬の猫っぽいところって、気まぐれって言うより、心を開いたらとことん甘えるところじゃない?」

 「……これからも、甘えさせてほしい」

 「とことん甘やかしますよ」


 俺は紬の腕を抱き寄せる。紬は嬉しそうに密着してきて、俺のことを見上げる。

 俺が寝転がったときに、真っ先にお腹の上に乗ってくるきなこを彷彿とさせる、印象的な笑顔だ。


 さっきまでよりもだいぶゆっくりとした足取りで、俺たちは家を目指した。




 


 


 

 


 

 


 

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