第128話 吸いと甘い

 「うん。これでいいと思う」

 「いいんですか……?」


 俺たちふたりは鈴木さんを家に呼んで、文化祭の予定を説明した。思ったよりも軽く返事が返ってきて、俺は戸惑いながら確認する。


 「ちゃんと猫ちゃんたちに負担をかけない計画になってると思うよ」

 「なら、良かったです」


 俺がほっと胸をなでおろすと、紬は良かったですね、と言ってにっこり微笑む。


 「じゃあ、私の方で連れて行けそうな保護猫ちゃんを選んでおくね」

 「「お願いします」」


 俺たちは揃ってぺこりと頭を下げる。


 「そんなに改まらなくていいよ〜。こっちも、新たな飼い主さんと猫ちゃんが出会える機会ができて嬉しいから」

 「幸せな猫が増えてほしいです」


 俺がそう言うと、紬も、鈴木さんもうんうんと頷いてくれた。

 

 ……それで、新たな家族の一員である猫を通して、保護猫を迎えてくれた家族の仲も深まったりしたらいいな、なんて考える。

 

 

 「じゃあ、私はこれで。これからはふたりの時間、だね。邪魔しないうちに帰るよ」

 「そんなことないですよ」


 お菓子とコーヒーかお茶でも出そう、と思っていたところだったので、俺は引き止めようとする。


 「紬ちゃんが複雑な顔してる」

 「え……え!? し、してないです!」


 紬はなにか考え事をしてたのか、いきなり話題に挙げられて慌てている。


 「あはは、冗談だよ。でも、構ってほしいときはちゃんと言ったほうがいいと思うよ、前にも言ったと思うけど」

 「は……はい」

 「じゃあ、また今度ね〜」


 照れて小さく頷く紬を満足そうに見ながら、鈴木さんは立ち上がる。

 やっぱり風のように去っていく鈴木さんを見送って、俺はドアをゆっくりと閉める。




 「それじゃ……その、構ってほしい。ふたりきりだから」

 「もちろん」


 紬は玄関から上がったところで俺を待ち構えていて、俺の袖をちょっとだけつまんで言う。

 断る理由などあるはずがない、と思いながら即座に応じる。しかし……。


 「……どう構ったらよろしいでしょうか」

 「……そーくんの好きなように」


 難題を突きつけられて、俺は少しの間考える。いや、少しの間、と言うには長かったかも。


 「そーくんにされて嫌なことなんかないから、したいように構ってくれていいのに」

 「そういうことは軽々しく言うものじゃありません」

 「……む、なんで」


 俺がつい深窓のご令嬢を諭す執事みたいな口調で言うと、紬はちょっと不満そうな表情に変わる。表情豊かでかわいい……じゃなくて。


 「俺が吸いたいとか言い出したらどうするの」

 「……どうぞ?」

 

 紬は「別に嫌じゃないですよ?」みたいな感じで、吸うといえばこうかな……という風に腕を広げる。

 

 「俺は紬が心配だよ」

 「どうしてですか」

 「何でも受け入れちゃいそうだし」

 「相手がそーくんの時だけだよ」


 そろそろ我慢ならなくなってきたので、「リビング行こう」と声をかけて紬を抱く。


 「そこに横になって」

 「え……? うん」


 押し倒す勇気が出るほどの引き金はギリギリ引かれなかった。怪我したらいけないしな、と考える理性は残っている。

 

 「いいんだよね? なんでも」

 「う、うん」


 紬はごくりと唾を飲み、まっすぐな瞳で俺を見つめたあと、恥ずかしそうに目を瞑る。

 俺はそんな紬の顔を覗き込みながらしゃがんで……


 ……首元に顔を近づけ、紬のさらさらで美しい髪の毛の匂いを吸う。

 なんでこんなに甘い匂いがするんだろう。


 紬は俺にされるがままに、フローラルな香りを吸わせてくれている。俺が吸うときのきなこみたいな困惑した表情を浮かべてそうだけど、いまは確認しないことにする。


 

 そろそろ髪の毛を吸うターンは終わりにしよう。無防備すぎる紬に、そろそろ彼氏を無意識にでも誘ったらどうなるかわかってもらうべきだろう。


 「ひゃ、あの……そこは」

 「……なんでもいいんだよね?」

 「……そう言いましたね」


 俺はソファに横になっている紬のお腹に顔を埋める。もちろん、乗っけてはいないけど。


 いい香りを味わい尽くしたあと、俺が顔を上げると、紬は恥ずかしさが頂点に達したのか両手で顔を覆っていた。


 「……今後は気をつけます」


 紬は両手の隙間から瞳をちょっとだけ覗かせる。


 「俺だって一般男子高校生なんだからね」

 「でも、そーくんが乱れたときの表情ももっと見たい、って思ったりもする」 

 「……そういうのが危険だって」

 「恥ずかしいだけで、嫌ってわけじゃないから」


 俺の彼女をどうにかしてくれ。正直、今すぐめちゃくちゃにしたいところではある。


 「わっ……!?」


 俺が手を伸ばそうとしたとき、ソファの端にきなこが飛び乗ってきて紬の顔の上をまたいでいく。

 そして、俺になにやら訴えかけるような目を向ける。


 「……お腹空いたってか」


 ……今日のところは、あれで満足しとこう。


 


 


 


 



 




 

 


 


 





 


 

 


 



 

 






 


 

 


 

 

 

 

 



 


 


  

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