第126話 紬の猛攻(?)

 「私はいつ解放されますか……?」

 「とりあえず文化祭のこと決めるまで」

 「たしかに可愛いですけど……流石に足が」


 優愛の膝の上に陣取っているしらたまは、優雅に欠伸をしている。時々足のしびれに襲われてそうな苦悶の表情を見せるので、そろそろ、しらたまをもらうとするか。


 「……といっても、だいたい文化祭のプランは決めてる」

 

 俺が机に手をつくと、紬と優愛からの視線が集中する。


 「保護猫のことを紹介したい。できれば譲渡会を開きたいけど……そこは知り合いの保護猫団体の人と相談しようと思う」

 「いいですね。連絡しておきます」

 「私も賛成です」

 

 とりあえず、ふたりからは賛同してもらえた。

 生きている猫を連れて来るわけだし、先生にも許可を取りに行かなきゃいけないな。


 1匹でも、優しい飼い主さんにもらわれていって幸せになってほしい。


 「ふぅ……助かりました」

 

 俺がしらたまを抱えると、優愛はほっと表情を緩ませる。ほんとに足がしびれてたかどうかは怪しいな。


 「ちょ、突かないでぇ……」


 優愛が情けない声を出して、口元を歪める。どうしたのかと見てみると、おもちに足を突かれているようだった。

 ほんとに痺れてたらしい。まあ猫に座られて足が痺れるのも、足指を狙われるのもよくあることだ。


 「じゃあ、私たちは帰りましょうか」

 「ひどい……」

 「冗談ですよ。ちょっとなら待ちます」

 「ちょっと……」


 ふたりのじゃれ合い……を聞きながら、俺は文化祭までのスケジュールをざっと書き出す。


 「文化祭、楽しみですね」

 「そうだね」


 俺が顔を上げると、紬と目が合ってお互いに微笑みを交わした。





 「ただいま」

 「お帰りなさい」


 紬はとん、と一歩先に出て振り向き、俺のことを出迎えてくれる。ありがとう、と声をかけると笑顔の花が咲いて、髪からふんわりとフローラルな香りが広がった。


 「今日これからは、ゆっくりしようか」

 「そうしましょう」


 リビングでなんとなくテレビをつけてリラックスする。いかにも休日の午後、って感じだ。


 「蒼大くんはいつもどんなテレビを見てますか?」

 「ん……そうだなあ。高校入ってからはあんまり見てないかも。たまに猫の可愛い映像100連続、みたいなのは見る」

 「わかります」


 別に見るものもないし天気予報を見終わったらテレビ消すか、と思っていると、きなこが画面の中のキャスターが持っている棒に興味を示す。


 「可愛いです」


 紬は画面をパンチするきなこの動画を撮り終えると、笑顔で俺にそれを見せてくる。

 棒が見えなくなって飽きたのか、俺たちふたりのことをじっと見つめて座る。

 きなこはなにか言いたいことがありそうな顔をして、実際になにか言っているように口を少し開く。


 「天気予報が見えない……」

 「かまってほしいのかもしれませんね」


 俺たちは顔を見合わせて笑い、あとでちゅーるをあげよう、と決めた。


 きなこ、クロ、そして新たに加わったスコティッシュフォールドの子にちゅーるをあげたあと、また俺たちはくつろぐ。

 スコティッシュフォールドの子には、紬がマルと命名した。たしかに、毛がふさふさでまんまるに見える。



 「……ずっと敬語なのは不自然でしょうか」

 「いきなりどうしたの」


 俺がソファに腰掛けていると、紬はそのすぐ隣に腰を下ろして呟く。


 「いえ……紺野さんに言われたことが、少し気になって。なんだか、距離があるような印象がするのかも、と」

 「別に俺は気にしないよ」

 「蒼大くんはそう言うと思ってましたけど……」

 「気になるようなら、家の中では敬語をやめてみる、とか」

 

 ほんとに、そのままでも良いのになと思っている。たしかに、普段は敬語の紬がタメ語を話すときのギャップというか可愛さは格別だけど。


 「……蒼大くんが可愛いって、言ってくれるなら」


 紬は恥ずかしそうにぼそぼそと言ってから、顔を上げて俺の方を見つめる。


 「俺は可愛いと思ってる」

 「普段よりも、ですか?」

 「普段とのギャップというか」


 俺がそう答えると、紬はちょっと迷っているような表情を見せてから、口を開く。


 「それなら……やってみます。いや、やってみるね」

 「……」


 紬がちょっぴりぎこちなく言ったのち、普段通りの微笑みを見せて、俺は天を仰ぐ。


 「ど、どうしました?」

 「紬が可愛すぎるな、と」

 「そんなこと真顔で言わないでください……照れてしまいます」


 俺が流れを止めてしまったせいで紬の口調は今まで通りに戻っている。 

 まあ、また紬が不意にタメ語で話しかけてくる瞬間を待つか。


 「けど……そーくんに言われると、嬉しい」


 それだけ言い残して、紬は部屋に去っていく。去り際には、天使のような笑顔を見せてくれた。

 紬は俺を悩殺する方法をもう知り尽くしているのかもしれない。


 

 「……これからまともに同棲できるかなあ」


 リビングには、紬のあまりの可愛さに頭を抱える俺と、その様子を不思議そうに眺める猫たちが残された。



 








 


 

 

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