第123話 ふたりと、さんびき
「可愛い見た目をしてるけど、この子はなかなか貰ってくれる人がいなくて」
お姉さんは、膝の上に腰を下ろしたスコティッシュフォールドの子を撫でながら言う。
「ふたりは知ってるかもしれないけど、スコティッシュフォールドの子は病気を抱えてて……説明したら、やっぱり敬遠されることもあって」
「……そうなんですね」
紬はひどく心を痛めたような表情で話を聞いている。
スコティッシュフォールドは、たまたま生まれた折れ耳の猫が気に入られて受け継がれてきたもので、骨の病気もそれに伴い遺伝している。
「だから私としては、この子もリラックスできてるこの環境で、ふたりに任せたいと思う」
俺と紬は顔を見合わせて、無言で頷きあう。この子のためにも、紬のためにもなるなら、断る理由はない。
「……俺と紬で、責任持って可愛がります」
「……ありがとう。任せるね?」
「「はい」」
俺たちがしっかりと頷いたタイミングが揃って、お姉さんは笑顔を見せる。
書類を何枚か渡されて、ふたりで協力して所定の欄を埋めていく。猫たちは、見守りつつペンに手を伸ばしたりしてきた。
「……じゃあ、たまに元気な猫ちゃんたちが写ってる写真を報告がてら送ってもらおうかな」
「わかりました」
俺が連絡先を交換しようとスマホを差し出すと、お姉さんはなんだか微妙な表情に変わる。
「彼氏が目の前で女の人と連絡先交換してるのを見たい女の子、いると思うー?」
「……たしかに」
「き、気にしませんよ」
紬は慌てて否定しているけど、俺の配慮が足りなかったところもあったな、と反省する。
……もし紬が他の男と連絡先を交換していたとしたら気にするな。
紬と連絡先を交換したあと、お姉さんはじゃあね〜、とだけ告げて風のように去っていった。
「あ、そういえば名乗ってなかったね、私は鈴木莉奈です。よろしくね」
玄関の戸締まりをしようと歩き出した瞬間に、ドアが開いてお姉さんはひょこっと顔を覗かせる。
俺たちがぺこっと頭を下げると、笑顔を見せてまたドアを閉じた。
「……今日から、一緒に暮らすんですよね」
「……そう、だね」
しばらく玄関に立ったままでいると、紬がぽつりと口を開いた。
改めて同棲を始める、ということになると距離感が掴めない。ちょうど、友達から恋人になったときみたいな、ふんわりとした感覚だ。
「その……よろしくお願いします」
「うん。これからもよろしく」
俺たちは付き合い始めのようにぎこちなく挨拶をする。
「これからどうしようか。紬の希望があれば、それに合わせるよ」
「……私としては、蒼大くんのお家にお邪魔したいです」
「そっか。紬の住んでる家は、そのままにしておく? 週末とかはそっちに行こうか」
「はい。私の家にも遊びに来てくれると嬉しいです」
俺たちが盛り上がっている間に、猫たちも親睦を深めていたようで、もう3匹身を寄せ合って横になって、お互いに毛づくろいをしていた。
「蒼大くん、あそこを見てください。可愛らしいです」
「ほんとだ、初日とは思えないほど馴染んでるね」
紬とくすっと笑いあって、また同棲の話に戻る。
「紬はどこの部屋を使いたい? 空き部屋はいくつかあるから、いろいろ見て希望があれば」
幸い俺の家は大きい方だし、母さんが前に「いつか彼女を連れ込めるように」とか言って部屋を片付けてくれていた。いや、連れ込めるって言うなよ。
「……なら、蒼大くんの部屋の隣の部屋でいいですか?」
「わかった。そこに寝具とか、衣類の収納用のクローゼットとかを用意しよう。どこに置いてほしいかどんどん言っていいよ」
「分かりました」
「じゃあ早速、準備してしまおっか」
使っていなかった、綺麗なクローゼットやベッドを運んできて新しい紬の部屋に置いていく。紬の部屋、という感じがあまりしないのをどうにかしたい。
「……ごめん、可愛い部屋になってないかも」
「ふふっ、いいんですよ。また、家具も探しに行きましょう」
「そうだね」
準備を進めていると、あっという間に時間が経っていて、もう夕方になっていた。
同棲生活をスタートさせて、はじめての共同生活である夕食作りを始める。
「……私、こういうのが夢だったんです」
紬がフライパンで野菜を炒めている間に、俺は流しで包丁を洗っていると、紬はそう声をかけてくる。
「……え?」
「こうやって、隣に並んで一緒に家事をすることです。今までもそうでしたけど……今日からはちょっと違います」
「紬の言ってること、わかるかも」
ひとりで家に帰ったとしても、可愛い紬と猫がいてくれるんだと思うと、なんだか心が温かくなる。
「……おかえりなさい、とかも言ってみたいな、毎日」
食洗機にあった食器と洗った包丁を拭きながら、俺も紬にならって二人暮らしをする上での夢を言ってみる。
「……聞かせてくださいね」
「もちろん、何回でも」
新生活は、形としては今までと大差ないかもしれないけれど……一段と、お互いを近くに感じられそうだ。
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