第122話 猫の譲渡会

 「これが譲渡会……!」


 紬は子猫たちに人が集まっている光景に驚きの声を漏らす。

 かねてより行きたいと思っていた保護猫の譲渡会に俺たちはやってきた。

 

 紬はしゃがんで、子猫たちに目線を合わせる。睨んでいると思われないように、ゆっくりと瞬きをして挨拶代わりに指を近づけている。


 「……可愛いですね」


 キジトラの子猫はすんすんと鼻を近づけてケージの隙間から鼻先をのぞかせる。

 紬は満足そうに言って、俺と一緒に見ようと隣に動く。


 「スコティッシュフォールドみたいな子もいるね」


 町中で保護された猫なので、雑種なんだろうけど、スコティッシュフォールドの特徴であるぺたんと折れた耳をしている。


 紬が指を近づけると、ぺろぺろと舐め始めて、紬はこそばゆそうに目を細める。


 「連れて帰りたいです」


 俺の方を振り向いて、まるで子供のようにあどけない表情で頼んでくる。


 「わかる」

 「もう1匹いたらさらに賑やかになりますね」

 「わかる」

 「ということで……検討してもらいたいです」


 俺も新たな家族が増えるのは嬉しいけれど、保護猫を譲り受けるには、当たり前だけどわりとしっかり審査があるんだよな……。


 そう思っていると、譲渡会のスタッフの大学生ぐらいのお姉さんに声をかけられた。


 「ふたりのお家に新しい家族として迎えてもらえたら、きっとこの子も喜んでくれると思いますよ?」


 え、と俺たちは顔を見合わせて固まる。そして、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながらうつむく。


 「ま、まだ同居するようなほどではないです……」

 

 俺はやっとの思いでそう返す。たしかに休み期間で制服は着てないとはいえ、初めて夫婦と間違えられたな。


 「そうでしたか、失礼しました。仲睦まじく見えたので」


 そう微笑みながら返されると、また恥ずかしさがぶり返してきた。その人は続けて、この子がこんなに人に懐いているのは久しぶりに見ました、と言った。



 

 「まあでも……高校生どうしなので、新たに飼うのは難しいかな、と。やっぱり、責任が伴うので」


 俺は実はふたりともひとり暮らしで、1匹ずつ猫を飼っていることを伝えた。


 「あ〜、そっか……。本筋とは関係ないけど、ちょっとひとつ思ったのは……」


 いろいろと話をするうちに仲良くなったわけで、お姉さんはなにやら紬の耳元でごにょごにょ囁いていて、紬はこくこくと頷きながら頬を赤く染める。なにを言われているんだ。


 「……まあ、1回家に連れて行った時の様子を見てみる? どんな人に譲渡するときでもやってるから」

 「分かりました」


 頷いて紬の方を見ると、見るからに嬉しそうな表情をしていた。


 「いつだったら大丈夫ですか?」

 「この譲渡会が終わったあとでも、大丈夫だよ」

 「そんなに早く来てくれるんですか? ……楽しみですね、蒼大くん」

 「まあ、ひさびさの出会いだし、楽しみは楽しみだけど……きなこたちと上手くやれるかな」


 とはいえ、きなことクロが出会ったときもこんな不安は抱えていたけれど、いまでは仲良くやっているわけだし……そこまで心配しなくてもいいのかな。


 「じゃあ決まりだね。それなら、譲渡会が終わるまで他の子も見ながら待っててもらってても大丈夫?」

 「はい、大丈夫です」

 「いろんな子、見ておきましょう」


 紬の気が済むまで、いろいろな猫たちを見て回ることにした。


 


 スコティッシュフォールドの子を連れてきてもらって、家に帰ってきた。

 

 きなこは家に戻ってきた飼い主を見たあと、新入りが目に入ったらしく、ケージを注視している。

 2匹も先住猫がいるわけだし、今日はたぶん、ケージから出てきてくれないだろうな。



 ……あれ。


 窮屈なケージの中を嫌がったのかもしれないが、案外あっさりと外に出てきてのそのそと歩き始める。

 きなこやクロと比べると毛が長いので、よりもふもふした白い生き物が床を歩いているように見える。

 

 「意外と落ち着いてますね」

 「そうだね。ずっと前から家にいたみたい」


 ゆったりと姿勢を崩して座るのを眺めながら、俺たちは頷きあう。


 「やっぱふたりに合ってるんだって。もう、これからふたりでずっと一緒に住めばいいじゃん」

 「か、簡単に言いますね……」

 「紬ちゃんはいいでしょ?」


 そう言われると、紬はみるみるうちに顔を赤くしながら無言で小さく頷く。

 

 「こういう男の子ははっきり伝えないとダメだよ。鈍感そうな感じするから」


 躊躇う背中をそっと押すように、紬に優しく助言をしている。

 俺のことは思い切り刺してくるな、このひと。


 「……今からでも、一緒に住みたいです。その……蒼大くんの気持ち、聞かせてください」

 「紬が良いのなら、毎日朝はおはよう、夜はおやすみ、って言い合いたい」


 ほとんど毎日言ってるかもしれないけれど、言いたいことは伝えられるはずだ。

 俺が言うと、紬は愛おしそうに微笑んで頷く。

 

 「じゃあ、その……本題に移ろっか」


 お姉さんは、自分からこの雰囲気になるようにけしかけたわりには、少し気まずそうな感じで口を開く。

 スコティッシュフォールドの子が歩いているのを眺めながら、俺たちがこの子を引き取るかどうかの最終的な話し合いが始まった。


 


 


 


 

 

 

 


 


 





 

 


 



 


 







 

 


 

 




 


 


 


 

 


 


 


 


 


 



 




 

 


 

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