第121話 祭りの続き
「……大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です」
最後に階段を登って、高台となっている神社にたどり着いた。
ここからは、ちょうど登ってきた階段の方向に花火が見える。
俺たちは手を繋いだまま、紅や橙など色とりどりの花火が派手に咲いては、はかなく散っていくのを静かに眺める。
紬の方を横目でちらりと見ると、瞳が花火を映している。
なんとなく、さっきまでは軽く握っていただけの紬の手に指を絡ませて、しっかりその手を握ってみる。
特大の花火が弾けて、余韻があたりに広がる。まだ上がるかな、と期待してみるが、待てども次の花火は上がらない。
「……あっという間でしたね」
紬の小さな声だけが耳元に届いて、儚い空気が辺りに流れているのを感じる。高台の下ではいまも続いている祭りの喧騒が嘘のように、この場所は静まり返っている。
俺は歩いたり立ちっぱなしだったりで疲れているだろうなと思い、紬を誘って近くの手頃な石の椅子に腰掛ける。
「なんだか、物足りない気もするかも」
俺は本心を正直に呟く。
「ちょっと、そんな気もしますけど……。蒼大くんと見に来れて良かったです」
遠くの灯籠のぼんやりとした明かりで、紬の顔がうっすら照らされている。
「その……来年も、見に来ましょうね」
俺と同じように、せめてもう一回、と期待しているのか、遠くを紬は見つめている。
「来年だけじゃなくて、再来年も、その先も一緒に行きたいかな」
「蒼大くんがそう言ってくれるのなら、私も毎年楽しみにしますよ?」
「いくらでも楽しみにしてもらってていいよ」
「約束ですよ」
紬はにこっと柔らかく、天使のように微笑む。こちらに伸ばしてきた小指に、俺も小指を差し出して、久しくやってないな、と懐かしく感じる指切りをする。
「……紬」
「……はい」
紬は頬を赤らめて、瞼をそっと閉じて俺のことを待っている。
唇を重ねると、紬は力が抜けたように俺によりかかってくる。すらっとした小さな手を這わせて、俺の手を見つけると、重ね合わせてぎゅっと握る。
目を開けたままだと、紬の表情がさらにとろけていくのが分かる。
見ていることに気付いたら、恥ずかしがりそうだ。
お互い満足したタイミングで、俺たちは元通り座り、また静けさが辺りに広がる。
俺のことを見つめる紬の瞳に光るものが見えたかと思うと、音もなく涙がその頬を伝う。
「え……?」
もしかして苦しかったのか、と心配になる。
大丈夫、紬?と聞こうとしたが、唇にそっと人差し指を当ててきて、言葉を発するのを制される。
「……大丈夫ですから」
俺は頷く。祭りのあと、どっと感情が押し寄せてくるのはなんだか分かる。
「……すみません、そろそろ戻りましょうか」
「うん。……線香花火でも買って帰ろうかな。やっぱり、物足りないし」
「そうですね。それに、線香花火のあの雰囲気は、打ち上げ花火では味わえませんから」
「じゃあ帰りは、いつものホームセンターに寄ろうか」
俺たちは石段を一歩ずつゆっくり下って、まだ賑やかな通りへと紛れた。
「着物のまま、蒼大くん家に行っていいですか?」
「もちろん。まだ祭りは終わってないからね」
「続き、でしたね」
カラフルな和紙で作られた線香花火を買って、俺たちは帰り道を歩く。同じように、夜道を歩きながらいちゃついているカップルも何組か見かけた。
実際、いまも恋人繋ぎをしている二人が俺たちの前を歩いている。
「……蒼大くん」
「どうした?」
俺がちょっと身をかがめると、紬はつん、と頬をつついてくる。
「呼んでみたくなっただけです」
えへへ、と笑って紬は数歩前へと駆け出す。
「なっ……」
影響のされ方が可愛い。
髪を揺らしてこちらを振り向く紬に、俺も早足で追いついた。
「よし、じゃあ続きしよっか」
「はい……!」
きなことクロに夕食を出して長く留守にしてごめん、ともふったあと、庭でお祭りをする準備を整えた。……もはやクロはうちのコだな。
それぞれ線香花火を持って、ろうそくの火を先端に移す。ぱちぱちと温かな火花を散らしはじめて、俺たちの顔は明るく照らされる。
「……あ」
まだ成長途中だった玉を落としてしまった。紬のはまだまだ大丈夫そうだ。
「ふふっ、早すぎますよ」
「次はもう少し長く……」
あんまり風情なくどんどん消費していくのは避けたい。 そう思いつつ、新しい線香花火を手に取る。
紬も玉を落としてしまったようで、タイミングを合わせて新しい花火に火を点ける。
俺たちは静かに、暖かな光を見つめる。
「……さっきは、嬉しかったんです」
紬は小さな声で言ったけれど、その言葉ははっきり耳に届いて顔を上げる。
「……なんか、来年もまたその次も、紬が隣にいるのが当たり前のような気がするんだ」
紬は動揺してか、大きくなってきた玉を落とす。紬は目を真ん丸にしたあと、恥ずかしそうに目を伏せる。
「今日は……何度もそういうことを」
「まあ、お祭りだから、かな」
「……ずっと、覚えててもいいですか?」
もちろん、と俺が答えると、紬は縁側に俺を誘って、そこに腰掛けて夜風を感じながら線香花火を楽しむ。
窓越しだったけれど、猫たちも一緒に眺めてくれた。
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