第120話 花火大会
すぐに一週間が経って、夏休みのビッグイベントがまたやってきた。
紬は浴衣の準備を氷室さんに手伝ってもらう、ということで、俺は珍しく現地でひとり紬を待っている。
ぼーっと人通りの多い出店の並ぶ通りを眺めて、どこを回ろうかな、と考えてみる。
「お待たせしました」
良く聞き慣れた声がした方向を向くと、かんかん、と足音を立てて、袖をひらひらと舞わせながら、紬は急いでこちらに向かってくる。
朝顔が彩られた浴衣姿の紬は、祭りの会場を行き交う人の中でもすぐに見つけられた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
俺は紬の方へ踏み出して、予定より早いから、と微笑みかける。俺が早く到着してしまっただけだ。
「……はやく、感想を聞きたかったので」
そう訴える紬は、ほんの少しの恥ずかしさと期待とが入り混じった顔をしている。
「綺麗」
すっと口から出てきたのは、その3文字だった。
髪の毛を後ろの方でまとめ、浴衣に合う髪飾りをつけている。普段感じるのとはまた違った、大人らしい可愛さがある。
俺のために時間をかけてくれたんだな、と思って、まっすぐ紬を見つめる。
「……す、ストレートに褒めてくれますね」
紬は照れ隠ししようと、ちょっと顔を下げて耳にかかる髪の毛を指先でいじる。
「はっきり伝えたいな、って思って。
よく似合ってるよ」
「……なんだか普段の蒼大くんとは違いますね」
「まあ、お祭りだからかなあ」
「その気持ち、わかります。昨日から楽しみで、なかなか寝付けなくてクロと遊んでました」
気持ちを共有できていることを嬉しく思って、俺もそうだったと返す。
……つい変なことを口走ってしまわないか心配になるほどに心は躍っている。
「まずは、どこから回りますか?」
「そうだね……まだ花火まではけっこう時間あるし、とりあえず歩いてみようか」
紬は頷いて、ちょっと迷ったふうに目を伏せてから、控えめにこちらに手を伸ばしてくる。
手を繋いでほしいのか分かりにくいぐらい控えめだけど。
それでも、俺は紬の柔らかな手を取る。
「足元、気を付けてね」
紬は俺のことを見上げて、きらきらした瞳を向けて頷く。
夕日が照らす、出店が立ち並ぶ通りへと踏み出した。
興味を引かれる出店がないか探りながらゆっくり歩いていると、紬が足を止めた。
「射的、しませんか?」
「やってみよっか」
先に紬がチャレンジするらしい。
銃がちょっと重そうにみえたが、紬は片目を瞑ってしっかりと標的を捉えている。狙うのは、懐かしい駄菓子のようだ。
「惜しい」
紬の狙いはわずかに外れていて、玉がかすったような音は聞こえた。
紬は残念そうに景品をちらっと見て、静かに俺に銃を託す。
俺は、紬の前で良いところを見せたいな、という一心で、目標に集中する。
放った玉は一直線に箱の上部へと向かい、箱を揺らしたあと、ぱたんと倒した。
「……やった」
俺は景品を受け取り、紬に手渡す。
「ありがとうございます。あとで一緒に食べましょう」
「喜んでもらえてよかった」
俺はニヤッと微笑みかけ、狙いを定めるときに気になった、捲っていた袖を直す。
その様子を見てなにか気付いたらしい紬は、もう片方の袖を触る俺の手に触れてくる。
「……射的をしている蒼大くんに浴衣がよく似合ってて、格好良かったです」
「あ、ありがとう」
俺が照れながら慌ててお礼を言うと、紬はちょっと面白がるような、それでいて優しい目をこちらを見てくる。
「次はどこに行きましょうか」
「紬が行きたいところ、全部回っちゃおう。希望があればどこでも」
「子供っぽいですけど……綿菓子が食べたいです」
「祭りといえば綿菓子だよ。行こっか」
紬と一緒に綿菓子が作られていくのを見守る。雲が湧き上がるように綿菓子が大きくなっていくのを、じーっと観察している紬を眺める。
「その……恥ずかしいです」
「気付かれてないかと思った」
ちらっとこっちを見て、頬を赤くする紬に笑いながら返すと、なぜか紬は俺と目を合わせてくれない。
「……さっきから、蒼大くんをまっすぐ見るのが少し照れくさいです」
「それは、浴衣が似合ってるということで……?」
「……そうですよ」
受け取った綿菓子で顔を隠して、紬は返す。
ちょっと間があってから、紬はちらっとこちらを見ながら綿菓子にかぶりつき、目が合うと恥ずかしそうに目をそらす。
もともと甘いはずの綿菓子が、さらに甘く感じられた。
綿菓子を味わった俺たちは、そろそろ頃合いかな、ということで花火が見やすいスポットへとゆっくり向かう。
後ろで大きな音がしたと同時に、視界の端っこで鮮やかな火花が弾ける。
「あれ……?」
俺たちは足を止めて顔を見合わせる。出店に夢中で、時間を忘れていたみたいだ。
「急ぎましょう、蒼大くん」
「そうだね」
少し先を歩いていた紬が、振り向いて手を伸ばしてくる。
その柔らかい手を取ると、紬は走り始める。
導かれるままに、紬にペースを合わせて、早足で高台への道を駆け上がった。
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