第115話 いざ海へ

 今日は長く家を開けることになるだろうから、自動給餌器をセットしておかないとな。


 「……帰ってきたらたくさん遊ぶからさ」


 今日1日ほとんど家を開けることがわかるのか、きなこはご飯を入れようとしゃがんだ俺の膝に乗ろうとしてくる。


 引き止めようとしているきなこを寝床に連れて行って、顎を撫で回してから俺は家を出る。



 純白のワンピースに身を包んで、ほんのり頬を赤く染めて紬は玄関前に立っていた。

 風が吹いて、ひらひらと裾がはためている。


 ちょうど俺の家の前に着いた様子で、紬は自然な微笑みを見せる。

 タイミングが合ったのは、なんとなく考えが同じだったみたいで少し嬉しくなったりする。


 「それじゃ、行こっか」

 「蒼大くんは、もう楽しそうですね」


 紬はふふっ、と上品に笑って、俺の隣に並びかける。ふわり、とワンピースが膨らんだのを手で目立たないように押さえたのが見えた。


 「紬は?」

 「……もちろん、蒼大くんと同じぐらい楽しみにしてます」

 「良かった。じゃあ、出発しようか」

 「はい」


 クマゼミのけたたましい鳴き声に背中を押されるように、俺たちは駅へと歩き出した。

 



 電車から一歩踏み出すと、目の前には砂浜が広がっていた。

 他の乗客たちは、足早に砂浜へと向かうが、俺たちは降りたところで一旦足を止める。


 「……綺麗ですね」

 「うん。ここでも、こんなに綺麗な海が見られるんだね」


 夏の日差しを反射して、海はきらきらと輝いている。耳に届く波の音が心地よい。

 遠くから眺めるだけでは満足できなくなったころに、俺たちは砂浜へと降りていく。

 

 まだ午前中ではあるが、賑わいを見せているビーチでも、靴の底が砂を踏みしめる音は耳にはっきりと伝わる。


 「そろそろ着替えてくる?」

 「……そ、そうですね。では、着替え終わったらここで会いましょう」


 そして、俺たちはそれぞれ更衣室へ向かう。



 紬の水着姿かあ……。結局、どんな水着を選んだんだろう。

 選ぶときは、まだ見てほしくない、とか言ってたけど。


 ちょっと想像しながら、シャツとズボンを脱ぐだけの簡単な着替えを終わらせた。



 「お待たせしました……蒼大くん」


 更衣室から若干恐る恐る出てきた紬は、恥ずかしそうに俺の方をちらちらと確認する。


 紬は、可愛らしいフリルがあしらわれている薄い水色のビキニを身に着けて、恥じらいながら胸元を片腕で隠そうとしている。


 ……女子は、男の視線が分かるというのを聞いたことがあるけれど、本当なのかもしれない。

 ついつい、視線が胸の膨らみに吸い寄せられてしまう。


 「に……似合ってますか?」


 紬は心配そうに俺の顔を覗き込む。開いた胸元が気にならないわけがないが、俺はこくこくと頷いて続ける。


 「今の紬の可愛い姿は、夏が来るたびに思い出すと思う」


 紬はさらにぐっと距離を縮めてくる。すでに恥ずかしさは限界を突破したようで、「蒼大くんこそ、格好いいですよ……?」と伝えてくる。

 

 俺たちはお互い悶絶して、しばらく更衣室の前から動けなかった。……ちょっと前からこそっと筋トレをしていた成果が出たな、とか思った。



 「あっちでビーチパラソルが借りれるらしいから、行ってみよう」

 「分かりました。そのまま、あっちの端っこの方に場所を取りませんか?」

 「人少ないみたいだし、そうしよう」


 その後、ビーチパラソルと浮き輪とボールの海辺の三種の神器を手に入れた俺たちは、ぎらぎらと太陽が照りつける波打ち際を並んで歩いていく。

 紬は遊び疲れたときにのんびりするためか、マットも持ってきている。


 ここらへんでいいかな、とビーチパラソルを開いて、砂地に突き立てる。

 

 「けっこう暑いね……あとで、かき氷とか食べる? さっき見つけたんだよね」

 「ぜひ、食べましょう」

 「遊んで汗でもかいてから行こうか」


 俺はボールと浮き輪を抱えて立ち上がろうとする。


 最近はクーラーの効いた室内にいることの方が多いので、既に汗がにじんできているような感じがするが。


 「……あの、お願いがあります」

 

 引き止められた俺は、しゃがみこんでパラソルの中を覗く。

 紬はマットに寝そべって、俺の方を振り向く。そして、申し訳無さそうに口を開く。


 「日焼け止め……塗ってもらいたくて」

 「背中に塗ったらいいんだよね?」

 「はい、どうしても届きそうにないので……お願いします」

 

 俺は紬から日焼け止めを受け取ると、すぐに片手に日焼け止めを出す。

 ……ふつうに返事をしてしまったけれど、けっこう大胆なことなのでは、と思う。


 紬の、真っ白ですべすべな肌に日焼け止めクリームを塗り拡げていく。

  

 「ありがとう、ございます」


 暑さのせいか、火照っている紬の顔を見ると、なんだか悪いことをしているみたいで心臓がどくんと跳ねる。


 「……蒼大くんは、日焼け止めは塗らなくていいんですか?」


 紬は起き上がると、すらっとしたふくらはぎや、ふにふにとした弾力がありそうな二の腕に日焼け止めを塗り込む。


 「まあ、男子なんて程よく日焼けしてた方がいいんじゃない?」


 ほんとは面倒くさがっているだけだったりする。


 「それもそうですけど……将来のことを思うと、塗っておいたほうがいいですよ」

 「そうかな」

 「……ずっと健康で居てもらいたいので。塗りますから、横になってください」


 紬も大胆だよね、と指摘しそうになったけれど、やめておいた。

 

 

 

 





 


 

 


 

 


 



 

 

 



 

 

 



 


 



 


 

 


 

 


 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る