第114話 夏到来

 七夕のあと、星空も洗い流されてしまいそうだな、と思うほど雨が降ったが、今日は燦々と太陽が輝いている。 


 なんとか、夏休みに入る前に梅雨は明けたみたいだ。


 紬は後で来るとのことだったので、俺はひとりで部室へ向かう。

 ドアに手をかけると、すでに鍵は開いていた。


 「あ、せんぱい。この暑さ……どうにかなりませんか?」


 優愛は暑くて耐えられない、というふうにリボンをほどいて、だらっとしながら言う。猫に囲まれているので、余計に暑そうだ。


 「ん……しょうがねえな。紬がもう少ししたら来るだろうから、平和に部活してて」


 いつも平和にしてますよ、という声が背中に届いたような気がしなくもないが……うん、まあきっと空耳だろう。



 鮮やかな青をバックに入道雲が立ち昇る、夏らしい空の下、俺は学校近くのスーパーを目指す。


 ソーダ味のアイスキャンディーと、バニラアイスで迷ったあげく、結局どっちも買っていくことにした。


 やかましく感じるほどのセミの鳴き声に急かされて、俺は急いで学校へと戻る。ちょっとの往復で汗をかいてしまいそうだ。


 「おかえりなさい、蒼大くん」

 「……うん、ただいま。アイス買ってきたから、皆で食べよう」


 俺がアイスを買いに出ている間に、紬は部室にやってきていたらしい。

 紬には、ソーダ味のアイスキャンディーを手渡した。


 「……じーっ」


 優愛はなにか言いたげな顔をして、バニラアイスを受け取る。


 「なんだよ」

 「別に、『夫婦みたいなムーブしないでくれます?』とか思ってませんよ、全然」


 とか言いながらちょっとイジケた感じなんだが。

 まあ、優愛がいる中で部活することは少ないから、ふたりきりの時の様に過ごしてしまった感はあるかも。


 紬も、暑さを感じていたのか、買ってきたアイスを早速味わっている。


 紬は、夏の空のように爽やかな色の棒アイスをぺろっと美味しそうに味わいながら、外の景色を見ている。動かなさそうだ、と判断したのか、しらたまはひょいっと膝に上る。

 

 「ちょっと……なんか、アレじゃないですか」


 優愛の言わんとするところが、なんとなく察せられて、俺は黙る。こいつ、絶対俺の反応を楽しもうとしてるな。


 「優愛、この時期だし……滝行でも行ってきたらいいんじゃないか」

 「せんぱいがついてきてくれるのなら、川遊びだと思って楽しめそうです!」

 「1回修行者のひとに謝ってきて」

 

 さっきまできょとんとした顔でアイスを舐めていたが、楽しそうな会話を続けている様子に見えたのか、紬はアイスを咥えるのをやめて、こちらを向く。


 「……どこに行くんですか?」

 「な、なんでもないです……! どうか見逃してください」


 ……俺の留守中に、なにかあったんだろうか。


 ただ、どちらも本気で火花を散らしているわけではなさそうだし、適度な距離感をお互い掴み始めてくれたのかも。

 ……後輩は俺との距離感も適切に保ってくれるとありがたい。適度に言い合いする分ぐらいには、楽しいと言えば楽しいが。


 紬がまたアイスを舐め始めるのを、できるだけ直視しないようにはしつつ、ちょっとちらちらと見てしまった。

 さっき食べる手を止めた分、アイスが溶けてたらたらとこぼれそうになっているのが見える。


 落ち着かない気分で座っていると、突然ドアをノックする音が聞こえ、それからガラッと扉が開け放たれた。


 「おお、今日は3人で活動しているのか。さっそくだが、夏期休業の間の活動計画を立ててほしい。頼んだぞ、部長」

 「分かりました。良かったら、アイス食べていきませんか?」


 先生の服装は、いつも暑苦しそうだな、と思う。クールビズって、体感温度はそれほど変わらない気がするのは俺だけなのだろうか。


 「……もらってもいいか?」

 「もちろん、いいですよ」

 「ありがとう」


 俺も食べるとするか。買ってきた本人なのに、今の今までまったく手を付けてなかった。


「……では、計画は明日までに提出してもらえると助かる。それと……なるべく休みは増やしてもらえると嬉しい、連れて帰りたいから」


 そう言って、次なる仕事へと向かっていった。……パソコン作業なら、もうここでやっていったほうがいいんじゃないかな。


 先生が去ると、優愛は俺をからかおうとしてか、ほくそ笑む。


 「……早乙女先生のも見たかったんですか?」

 「決めた、絶対滝に落とす。……紬、ちょっと協力してほしいことがあるんだけど」

 「なんですか? なんでもやりますよ」

 「こ、怖いです」


 座っている優愛は俺たちふたりを交互に見上げる。

 からかうのも度が過ぎるとこうなるぞ、と一旦分からせておくことが必要だろう。


 その後、今日の部活が終わるまで、優愛は俺のことをからかうことはなかった。「本当に実行しそうな目だったんだけど……」と猫たちに話しかけているのが面白かったな。

 たぶん、来週はまた普通にからかってくるかな。


 優愛は背筋が冷えて、涼しくなったことだろう、と汗を拭きながら思う。


 「……紬。今度の週末は、涼みに行こっか」

 「……海の日もありますし、そうですね」


 まだまだ茹だるような暑さの帰り道に、俺たちは約束を交わした。

 


 


 


 


 

 

 


 

 



 


 



 




 




 

 


 

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