第113話 星に願いを
今日は7月7日。
たぶん、1度は星空を眺めたくなる日だろう。まあ、たいてい梅雨末期の大雨のせいで月さえも見えなかったりするものだけど。
『今日は全国的に、梅雨の貴重な晴れ間となります。織姫と彦星も出会えそうですね』
そうアナウンサーが教えてくれるのが耳に入り、俺は満天の星空を想像する。……ここでは見られないか。
「紬と一緒に夜空を眺めたり……したいなあ」
窓の外を眺めて、地面には水たまりも残っているけれど、久しぶりの青空が広がっているのを確認してから学校の支度を始めた。
今日は、なんだかんだ優愛も部活に来ていたが、校門のところで俺たちと別れて夕方の帰り道を歩く。
まだ太陽も輝いている時間帯だが、もう月が出ている。
「あのさ」「あの」
お互いの顔を見るタイミングから口を開くタイミングまで、見事に被ってしまった。
蒼大くんからどうぞ、と促されたので、俺はよくあることだとはいえ、紬に提案をしてみる。
「今日は俺の家に来て、夜ご飯食べていかない?」
普段から誘うときと、まったく同じように言ったが、紬は少し驚いたふうだ。
「……私のほうからも、お願いしたいなとちょうど思っていたんです」
「……そっか。それなら良かった」
そうと決まれば、まっすぐ家に帰ろうか、ということで俺たちは普段よりもちょっと歩調を早めた。
夜ご飯をささっと作り終えた俺は庭のベンチをベランダまで運んで、特等席をセッティングする。
美しい夜空を眺めながら、夜ご飯を食べるのは、いつもより何倍にも増して美味しく感じることだろう。
「あれが……夏の大三角形、でしたよね」
紬は、いくつも星が瞬いている夜空のなかでも、特に存在感を発揮している3つの星をなぞるようにして言う。
「それ、中学の時の内容だよね。紬はよく覚えてるね。たしか、デネブとベガと……」
「アルタイル、だったと思います。蒼大くんも覚えてるじゃないですか」
「たしかに、案外覚えてたりするかも」
俺は紬にニヤっと笑いかけてから、また夜空に視線を戻す。
「じゃあ、夜ご飯持ってくるね」
「ありがとうございます」
俺は、星を眺めながらでも食べられるように、野菜のベーコン巻きやおにぎりを用意した。
「どう?」
「ん……もちろん、美味しいです」
紬は、ひとたび噛むごとに溢れてくる肉汁をこぼさないように味わっている。
夜空の光を反射して、紬の瞳の中に星が輝いているように見えた。
食べることを忘れて空を見上げてそうだな、と思って、夜ご飯の量は抑えめにしておいたので、早めに食べ終えてしまった。
それから、クロときなこにもこの景色を見せよう、と俺たちはそれぞれ抱きかかえてきてまたベンチに座り直す。
膝上に乗っかった猫たちを撫で回しながら、数えきれない星を眺める。田舎の方ではあるからか、想像よりか夜空の光の数は多い。
きなことクロが小さくごろごろと喉を鳴らす音だけが、BGMになっている。
隣に座る紬が優しくクロに触れながら星を見ている、その横顔を眺めていると、時間はゆっくりと流れ、永遠のように感じられる。
「蒼大くん、あれ……!」
ふたりとも静かに夏の夜空を眺めていたところだったが、紬が急になにもない暗いところを指差す。
「……紬?」
「な、流れ星でしたよ! ちゃんと、お願いはしましたか?」
「うわあ……見逃した」
「また見れるかもしれませんよ」
がっくりと肩を落とす俺に、紬は励ましの言葉をかけてくれる。
「紬は、どういうことをお願いしたの?」
「……今年の夏は、蒼大くんとたくさん思い出が作れますように、と」
暗い中で、はっきりと表情は読めなかったが、目を瞑って、大事そうにお願いを反復するように言ったのはわかった。
「じゃあ、次に流れ星が来たら、俺もお願いしないとだね。今年だけじゃなくて、これからの分も」
「……」
表情はわからないけど……間違いなくぷくっと頬を膨らませていることだろう。
「……蒼大くんはどこでそういう言葉を覚えてきたんですか?」
紬は、俺から目をそらしてつんとした感じで言う。
若干負のオーラが含まれているような物言いだ。
「え……それは……」
「冗談ですよ」
ふふっ、と微笑んで、紬は俺の方に向き直る。
紬の反応が見たいから、と言ったらどんな反応を見せてくれるだろうか。
そう思った瞬間、流れ星ひとつが通り過ぎていくのが見えた。
来年も、再来年も、そのまた次の年も、紬とこの2匹と一緒にいられますように。
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