第111話 くつろぎ宣言
最後にペットショップにやって来た。
最近は猫たちを休める時間も取られていて、ちゃんと動物たちのことを考えられてるんだな、と思う。
俺がガラス越しに眺めているのを気にも留めず、子猫たちは静かに眠り続けている。
起きないようにそっと優しく撫でたくなるような寝顔を眺めていると、穏やかな気分になってくる。
「そろそろ帰るか」
「そうだな」
長い間居たような気がして、俺は陽翔に声をかける。
ペットショップの子猫は吸い込まれるように眺めてしまうが、ある程度すると家で待ってるきなこを撫でなきゃ、という謎の使命感のようなものが湧いてくる。
陽翔は陽翔で、イグアナやリクガメを眺めていた。……猫とは流石に一緒に飼えないとは思うな。
「じゃあ、俺はここで降りるわ」
「おう、今日はありがとな」
「うん。次は外で遊ぼうぜ」
「そうだな」
陽翔が俺より一駅先に電車を降りていく。スーパーで足りない食材を買ってきてほしいと妹に頼まれたらしく、普段と帰り道が違うんだと言っていた。
陽翔を見送ったあと、忘れ物はないか確認しているうちに、電車は減速を始める。
どうやら先頭の方に乗っていたようで、ホームの端っこに降ろされてしまった。
本来は夕日が1日の最後に目一杯輝く時間だが、今日はそれもないので、電灯の淡い光だけがホームを照らしている。
「あ、紬」
「蒼大くん」
紬は、手に持った袋を揺らしながら駆け寄ってくる。あれからまた買い物をしたんだろう。
「一緒に帰ろう」
「はい、もちろんです」
これからさらに暗くなっていく夜道を、紬がひとりで歩くことがなくて良かった。そう思って紬の方を見ると、紬は微笑んでくれた。
「蒼大くんは楽しんできましたか?」
「うん。紬も、買いたいものは買えた?」
「……はい」
恥ずかしがる紬の様子を見て、どんな水着を買ったんだろうかと想像した。
ワンピースの水着で、爽やかに振る舞っているのもいいし、ビキニを頑張って着てみてちょっぴり恥じらっている姿も……あり。
海に行くのが待ち切れない。帰ってから、夏休みにしたいことの計画でも練るとしよう。
紬は一旦自分の家に帰って着替えてから、俺の家にやって来た。
「夕方の時間帯の電車に乗ることはあまりないので、ちょっと……疲れてしまいました」
白いTシャツに紺色のカーディガンを羽織っているリラックススタイルで、へなへなと力が抜けた風に、床にぺたんと座る。
それから、床に転がっていたふかふかなクッションを捕まえて抱きしめる。クロときなこが自分たちでもいいのにな、という瞳で見ているのまで、俺の横目は捉えた。
俺と目が合うと、「……少し、だらしなかったでしょうか」と言ってクッションを置いてきちんと座り直そうとする。
普段通りリラックスしている風に見えたけど……?
「そのままで大丈夫だよ。俺の家でくつろいでくれるのは、リラックスできてるみたいで嬉しいし」
「……その、気を緩めすぎていたとしても、幻滅しませんか?」
紬は恐る恐るというふうに、俺のことを見上げて尋ねる。
猫が撫でてほしいときにお腹を見せてこてんと転がるように、ごろごろしていたら可愛いに決まっている。
なにかしらいたずらをしてしまって逆に俺が幻滅されそう。
「むしろ、もう自分の家と同じように過ごしてるのかと思ってた」
そう俺は笑って言いながら、まあ俺も紬の家でごろごろはできないし、なにかしら気を回しているところはあるんだろう、と思う。
「……蒼大くんの前だからこそ、可愛いと思ってもらえるかな、とか考えてしまいます」
「俺は完全に気を緩めてる紬の姿も可愛いと思うけどなあ。そもそも、紬はいつも可愛いし」
「油断するとまたそんなことを」
紬は抗議するように俺の袖を引っ張ったが、「……嬉しいですけど」と赤面して続ける。
その表情を見ると、俺も恥ずかしさを感じてきてしばらくふたりで悶々としていた。
「……それなら、本気でくつろぎますよ」
しばらくしたあとに、覚悟が決まったかのように紬は呟く。でもやっぱり恥ずかしいのか、クッションを抱えて口元は隠している。
「うん。好きなだけいいよ」
「……意識してしまうと、くつろぎ方が分からなくなりました」
意識してくつろぐものじゃないからなあ、と思って俺は笑いかける。それに、もともとくつろいでいて、その宣言は確認みたいなものだと思うし。
「普段通りでいいよ。ここが、リラックスできる場所ならそれでいいから」
「……それなら、ずっと前からそうですね。これからも、ここでくつろがせてもらいます」
「心ゆくまでどうぞ」
紬の可愛らしいくつろぎ宣言のために、実は心の内で思っていた夏休みの計画について口に出すことができなかった。
まあ、それはぼちぼちでいいかな。
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