第110話 二手に分かれてお買い物

 私、花野井紬は手にぎゅっと握った水着を見つめる。


 恥ずかしさでしばらくそのまま固まっていたけれど、何をしに来たのか思い出して動き始める。


 するすると服を脱いで、まずはワンピースタイプの水着を試着してみる。

 真っ白な布地で、縁はフリルになっていて可愛いと言ってもらえそうだな、と思って選んだ。

 自分自身、可愛らしいデザインだと思って、買おうという気持ちにすでに傾きかけている。


 着替え終えて顔を上げて、自分の姿を鏡で確認する。


 ワンピースタイプのため、サイズにしては思ったよりも余裕がある。どうしても、身長から選ぶとほんの少しサイズがきつかったりするが、それもない。


 ちょっと肩周りが涼しいけれど、これくらいは攻めたほうがいいのかな……。

 恥ずかしいけど、蒼大くんに見せたい気持ちも感じる。

 

 

 次はビキニタイプの水着を着てみる。


 店の人におすすめを尋ねたら、程よく大人らしく、それでも高校生も着られる可愛さだと勧められた。


 薄い水色の布を広げてみてみると、たしかに、こちらもフリルがひらひらと付いていて可愛い。


 ……けれど、いざ着てみるとちょっと胸元が開きすぎているように感じる。


 「これは、蒼大くんの前では……」


 そう独り言を言いながら胸元を見るのをやめ、鏡に目を移す。つい、自分の姿を見てさっと両手で胸を隠してしまった。


 分からないけれど……蒼大くんも男の子なんだし、こういう方が好きかもしれない、と考えを巡らせてみて、やっぱりカゴに入れることにした。


 そして最後、まだ試着していないものがあったな、と私はどんなのか見てみる。

 

 「なっ……!? こ、こんなの着れるわけがありません……」

 

 ほぼ紐、と言っていいほど、その水着の布面積は小さい。たまたま重なっていたのを手に取ってしまったのかも。


 「……どうしたの、紬?」


 氷室さんは心配して、すぐ声をかけてくれる。


 「すみません、つい動揺してしまって。……蒼大くんは近くにいたり、しますか?」


 私は試着室から顔を出して、辺りをきょろきょろと見渡す。


 「いや、すぐ紺野くんとどこかに行ったわよ」

 「……それなら、良かったです」


 蒼大くんはまた、着替えの音が聞こえないようにとか、気を回してくれたんだろう。

 

 「お気に入りのもの、見つかった?」

 「……はい。あの、氷室さんは試着して行かないんですか?」

 「私は、着る予定はないから」


 氷室さんはそうクールに言うと、「そこで待ってるから」と続けて、私を会計のほうへ促す。


 「……氷室さんとも、海に行きたいです」

 

 私は歩き出した氷室さんの腕を掴む。


 「……え?」

 「夏休みは私と一緒に、海に行きましょう」


 私は気付いたら、そう口に出していた。

 氷室さんは、そんなことを言われると思ってもいなかったのか、目を丸くする。


 「……でも、猫村くんと行くんでしょ?」

 「そうですけど……氷室さんとも、遊びたいなと」

  

 私は、思っていることをそのまま氷室さんに伝える。


 「……分かった。ちょっとだけ待ってもらうかもしれないけど、選んできてもいい?」

 「もちろんです」


 それから私は、氷室さんと一緒に似合いそうな水着を探した。

 探し始めてからは、よりいっそう買い物を楽しめた気がした。


 ◆◇◆◇◆



 「まだ見せたくないって言われてすぐ退くあたり、蒼大って紳士だよな」

 「……夏休みまでわくわくは取っておきたくてな」

 「ああ、そういうことね」


 実際それもあるが、紬が見てほしくないというこだから食い下がる理由はない。

 ……とか言って、本当は気になる。いまも実はどんな感じなんだろう、とか思う。紳士ぶって損したかも。



 俺たちはあてもなくぶらぶらとショッピングセンター内を歩き回る。


 「結局、自分たちの水着を見てなくない?」

 「たしかに。でも、男物の水着なんて通販でポチッとすればいいだけだろ」

 「それはそうだ」

 「そういえば、陽翔は誰かと海行く予定あるの?」

 「ナチュラル煽りやめて」


 そういうつもりではなかったんだが。まあ、陽翔も本気では言ってないだろう。


 「夏休みまでにはちゃっかし予定入れてそう。3人ぐらいと」

 「俺、そんなに遊び人じゃないけどね。今年も妹と行ければいいかな」


 モテるが故に、勢力均衡が起こって誰も陽翔と付き合ってないんだろうな、と勝手に考察している。

 ……いや、このシスコンのせいかもしれない。


 ふたりで高校生らしい話をしながら、俺たちはアパレルショップやスポーツ用品店を見て回る。


 今度人数かき集めて3on3のバスケでもしよう、ということで陽翔はバスケットボールをレジへ持って行っていた。

 俺はというと、紬と体を動かしたほうがいいかな、と思いながら簡単に体を動かせる道具を探す。


 「……夏だし、爽やかに汗を流せたらいいなあ」


 ……あまり無理をさせるわけにはいかないし、どこか出かけるなかで自然と体を動かしてもらえたらいいかな。


 最近、紬に対して少々過保護気味な自分がいるような気がしている。まあ、俺に対する紬もそんな感じだし、別にいいか。


 「そういえば、紬ってどのくらい泳げるのかな」


 ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。

 もしあんまり泳げないようだったら、上手く教えられるようにしておかないと。

 



 



 


 


 


 


 


 

 


 


 


 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る