第105話 梅雨前のお掃除

 インターホンが鳴ってドアを開けると、今朝は宅配のひとが玄関前に立っていた。


 お礼を言って、俺はサイズに対して重ためな包みを受け取る。


 「やっと届いた」


 そろそろ届くかな、と思っていたので、別に訪ねてきたのが紬ではなかったからと言ってがっかりはしていない。

 ……さっそく、これを使ってみるかな。


 

 宅急便の配達員が去ったあと、すぐにもう一度インターホンが鳴る。

 あまり間隔を置かずに鳴ったので、なにか荷物を忘れたりしたのかな、とも思う。


 外からの風が流れ込んでくるのと同時に、いつも訪ねてくるのを心待ちにしている彼女の姿が目に入った。


 「……どうしたんですか、蒼大くん?」


 ドアの前に立つ紬は、俺の顔を不思議そうに眺めている。


 「ん……いや、俺なにかしてた?」

 「いえ、なんだか普段よりも嬉しそうだなと思っただけです。なにか、いいことでもありましたか?」


 どんな表情をしていたんだろうか、と思う。

 ……今度こそ紬がやってきてくれて、少し嬉しかったから、つい紬にバレるような顔をしていたのかもしれない。


 「紬が来てくれたからかな」

 「……いつも通りじゃないですか」

 「たしかにそうだ」


 ツッコまれて、つい俺は真顔で頷く。おかしいな……照れてくれるかと思ったんだけど。


 「……紬?」


 そそくさと逃げるように洗面所に向かおうとする紬を呼び止める。

 紬は振り返って真っ赤な顔を見せると、すぐに俺の胸へと飛び込んできた。

 

 「なんであんなことを平気で言えるんですか」

 「えっと……まあ、本心だから」


 俺は紬に押されてじりじりと後ろに下がり、壁と紬に挟まれる格好になる。

 体格の差もあってそこまで押す力が強いわけではないけど、前面に柔らかな圧力を感じる。


 「いつから蒼大くんはそんなにずるくなったんですか」

 

 こうなったら、どう返しても問い詰められそう。なにが最適解なのかわからない。


 「……紬も、こんな感じの時はあるじゃん」

 「……た、たしかにそうかもしれません」


 紬はいちおう納得したらしく、俺からゆっくりと離れる。


 ぽかぽか胸あたりを叩かれることは回避できた。……でもあれ、精一杯抗議してる感じが可愛らしいんだよな。

 アルコール入りチョコの件を弄ればやってくれそうな気がしたが、場合によっては長い間口を利いてくれなくなりそうなので、流石に攻撃の手を緩めた。





 「これは何が入ってるんですか?」


 通常のテンションになるまでにしばらくかかったけど、普段通りの紬がやっと戻ってきてくれた。

 先ほど受け取った包みを指さして、質問してくる。


 「掃除ロボットだよ。梅雨前だし、掃除をしておこうかなと思って」

 「いいですね。私も、この前済ませておきました。勉強を始めようとしたときに、いつも気になってしまうので」


 普段はあんまり気にしていないのに、勉強しようとしたときに限って掃除しようと思い立つこの現象になにか名前をつけたい。


 掃除しても掃除しても、毎日猫の毛は床に落ちてしまうものなので、掃除ロボットを採用することにした。


 掃除機をかけるのは別に嫌いではないけど、その分の時間をきなこやクロと戯れたり、紬との時間に回したりしたい。それに、掃除機の大きな音はネコ受けが悪いので。


 

 期待通り、静かな動作で部屋を縦横無尽に移動しながら掃除してくれている。これは、安心して任せられそうだ。


 「することがなくなりそう……流しとかは皿洗いのあとにたまにやってるし、換気扇とかぐらい見ておこうかな」

 「やっぱりロボットは優秀ですね」


 紬に褒められたロボットは、そのまま快調に掃除を進める。


 ここできなこが行く手を阻もうと現れた。

 きなこはじーっと、こいつは害を及ぼさないだろうか……と警戒している目つきでロボットを観察している。


 おっと、猫パンチが炸裂。ロボットは進路を右寄りに変えた……!


 「大丈夫でしょうか」

 「まあ、しばらくしたら慣れてくれるよ。……流石にロボットの方は大丈夫なはず」


 ぼこぼこやられているのを見てちょっと心配になり始めた。そろそろ満足してくれ。

 



 ーー制圧完了。


 そう言わんばかりの得意げな表情を見せて、きなこは掃除ロボットに運ばれていく。さっきまでの軽快さはどこへやら、半分ほどのスピードしか出ていない。


 「蒼大くんのことですし、この光景を狙ったんですか?」

 「いやこれは想定外……もう寝転がりはじめてるし」


 あれだけの直径の円に収まる体勢をうまく取れるもんだなあ。


 「ふふっ、いつまでも見てられます」


 俺たちふたりとクロからの面白がるような視線を感じたのか、きなこは俺たちの顔を見つめ返しながら運ばれていく。

 そして、方向転換して揺れるごとに不満そうな顔を見せる。


 ちょっとシュールな光景をふたりと1匹で暖かく見守った。


 

 


 

 

 


 


 

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