第102話 少し進んで

 「紬、今日は何が食べたい?」


 思い返せば結構大胆な発言をしてしまってから、平日に紬が家にやってくるのもこれまでより意識してしまう。

 こうやって夕食を一緒に食べるのも、今までに何度もあった状況だというのに。


 「シチューが食べたいです」

 「了解。それにポテトサラダでも付け足そうかな」


 紬は台所にやってきて、手伝いますと今にも言い出しそうな様子を見せる。


 「……ポテトサラダ用のじゃがいもがちょっと足りないから、買ってこようかな」

 「付いていってもいいですか?」

 「いや、大丈夫だよ。すぐ行って戻ってくるからさ」


 その間、クロときなこにちゅーるを食べさせててほしい、とお願いしておいた。

 「気を付けてくださいね」と、玄関にやってきたきなこを抱きかかえた紬に笑顔で送り出され、俺は近くのスーパーに向かう。



 帰りを待ってくれる人がいる、というのはありがたいことだ。


 そう思いながら、普段買い出しに行くのとまったく同じ道を歩く。たまに街灯の淡い明かりが不気味に見えることもある道だが、夏の近づきを示すように、西日が存在を主張している。



 どのじゃがいもがいいかな、と選ぶ作業さえも、なんだか普段より楽しく感じられる。


 俺の帰りを待っている紬の顔を思い浮かべると、じゃがいもだけ、というのはなんだか味気ないような気がして、食後のデザートでも買っていこうかな、という気持ちになる。


 いつもだったら、さっさと買い物を終わらせて帰ろう、という気持ちもあるが。……紬が待っているから、今日もある程度急ぐべきか。


 

 結局、アイスクリームを買うことにして、俺は足早に帰宅する。


 玄関のドアを開けると、家の中から食欲をそそるシチューの香りが流れてきた。


 「お帰りなさい、蒼大くん」


 紬は台所からやってきて、天使のような微笑みで俺を迎えてくれる。

 ……妻なのか、と言いたくなるような、その暖かな言葉。そしてエプロン……どこから出してきたんだろうか。

 料理のときに、邪魔にならないように結んだのであろうポニーテールが可愛らしく揺れている。


 「うん。……ただいま」

 「シチュー、作っておきました」


 紬は当然のことのように言うが、かなり手際よく作業しないと俺が出かけていた間では終わらないだろう。


 「ありがとう。ポテトサラダ、急いで作るね」

 「そこまで急がなくても大丈夫ですよ」


 紬はそう言ってくれるが、手洗いを済ませてすぐにポテトサラダ作りに取りかかる。

 ごりごりとじゃがいもをすり潰しては、マヨネーズを加えて混ぜていく。手軽に作れるので、1品足したいときには便利だ。


 紬が作った、牛肉とにんじん、じゃがいも、たまねぎが入った具沢山シチューと、俺が作ったミックスベジタブルとマカロニ入りポテトサラダを並べる。

 

 「「いただきます」」


 「美味しいですね」

 「うん。美味しい」


 そう相づちを打ったが、紬ははじめに俺が作ったポテトサラダを口に運び、俺は紬のシチューを味わっていたのに気付いて、顔を見合わせて笑う。


 紬のシチューが美味しいのはもちろんのこと、自分が作ったポテトサラダも、美味しく感じられた。


 

 食器の後片付けは、俺が洗って紬が拭いていく、というように、台所で隣り合って進めていく。


 「ひとりのときより、早く終わるような気がします」

 「たしかに。楽しいからね」


 最後に、猫用の食器を洗って水仕事はおしまいだ。夜飲むようの新鮮な飲み水を入れていると、満足そうにきなこが見守っているのに気が付いた。


 

 「お疲れ様、紬」


 そう言って、冷やしておいたアイスクリームのカップをリラックスしている紬の頬にそっと当てる。


 「わっ……びっくりしました」


 紬はびくっと反応して、少し抗議するような目を俺に向ける。流石に冷たすぎたか。


 「ごめんごめん。食べる?」

 「もちろんです」


 紬にはあんこと柔らかい餅が入ったアイスを渡し、俺はバニラとチョコが半分ずつ入ったアイスをいただく。

 

 「蒼大くんのも美味しそうですね」

 「さっきから紬が狙ってるような気がしてた」


 紬だけじゃなくて、猫たちもちょっと狙っているような。チョコが入ってるから君らは食べられないよ。


 「どうぞ」


 俺はアイスを削り取って紬にスプーンを差し出す。


 「蒼大くんも、お餅ひとつどうぞ」


 お互いにアイスを交換し合って、新たな味が口の中で溶けていくのを楽しんだ。


 


 「今日も、ありがとうございました」

 「うん。また明日」


 俺は紬の家の玄関前までついていく。


 平日は泊まると明日の学校に響く、ということで基本的には泊まりはなし、ということで合意している。


 紬は背伸びをして、俺にささやこうとする。それだけでは、ちょっと遠いんだけど。


 「……おやすみなさい」

 「おやすみ、また明日」


 そう言って、あんまり長居するのも良くないかな、と思って俺は手を振って帰ろうとする。


 「……蒼大くん」


 紬は名残惜しそうに俺の服を引っ張る。


 「……どうしたの?」

 「夢でも、蒼大くんに会えたらいいな……と。……さ、流石に子供っぽいので忘れてください」

 「俺も願っておこうかな」


 紬が夢に現れてくれるなら、たぶん今夜は恥ずかしそうな表情をしている紬が出てくるんだろうな。


 

 

 



 

 

 

 




 


 


 


 


 


 

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