第101話 おかえり
窓を開けて、ぼんやりと外を眺めると、鯉のぼりが悠々と空を泳いでいた。
今日は紬がやってくる日だな、と思うと鯉が泳ぐ空は何倍増しにも清々しく見えてくる。
「おかえり、紬」
お土産の袋を携えて、玄関前に立っている紬に、俺は自然とそう声をかけて出迎える。
「……ただいま、帰りました」
少し不思議がるような表情になったあと、紬は微笑みを見せる。
なんか変なこと言ったっけか、俺。
玄関までクロも紬を迎えに来ていて、紬が手を伸ばすと顔を擦り付けたり、指をぺろぺろ舐めたりしている。
「クロは、お行儀良くしてましたか?」
「うん。特にトラブルとかはなかったよ」
2日のうち、1日の日中は家にいなかったので、実はその間になにかやらかしたりしていたのかもしれない。
まあ、帰ってきてからなにもそのような痕跡はなかったので、大丈夫だったんだろうけど。
「蒼大くんは、何をして過ごしてましたか?」
「ん……えっと」
「……どうしました?」
予想される質問ではあったけれど、ついなんと答えるべきか言葉を詰まらせる。
けど、変に誤魔化そうとするのも違うような気がして、俺は正直に伝えることにした。
「……陽翔の家に遊びに行ってた」
「なにも、隠すようなことでは……?」
紬はしばらく考えたあと、気付いたらしくわかりやすく表情が変わる。
「……なにしたんですか」
「陽翔と遊ぶ予定だったんだけど、ゲームに乱入してきたというか」
「次からは、気をつけてください。……その、私がこんな感じなの、知ってますよね」
紬は俺の袖を掴んで、拗ねたような表情を見せる。そんな表情にさせてしまったことを後悔して、次からは優愛がいないことを確認して遊ぼう、と決意した。
「お土産、一緒に食べましょう」
「あ……うん、そうだね」
思ったよりも機嫌が良さそうな紬に若干驚きつつ、俺は一緒にリビングに上がる。
「紬、なんだか嬉しそうに見えるんだけど」
「……蒼大くんには教えてあげません。私の気持ち、考えてみてください」
機嫌が良さそうとか思ったのは俺の間違いでした。とりあえず、この難問を解いてみるか。
「紬、一緒にゲームしない?」
「久しぶりですね。操作を忘れているかもしれないので、教えてもらえると嬉しいです」
紬のお土産のお菓子を頂いたあと、俺たちはリビングでリラックスする。
今日は、インクを塗りたくって陣地をゲットしていくゲームでもやろうかな。
「……ここ、いいですか?」
「え、うん」
紬は俺の胸に寄りかかってきて、俺の手をそっとリモコンに添える。
「こうした方が、教えてもらいやすいかな、と思いまして」
「ん……たしかに」
紬は俺の方を振り向き、いたずらそうに微笑む。自分にしかできないポジションを確保して、嬉しそうな表情にちょっと悪そうな感じも見え隠れしている。
きなこは、リビングにいる俺を椅子にすることが多いが、その席が埋まっていることに気付いて、こちらに向かってきたものの、引き返していった。
「……やっぱり、近すぎました」
紬にアドバイスしようと覗き込むと、すぐ近くに紬の顔がある。
紬は途端に恥ずかしそうに、顔を下げる。
「俺はこのままでいいけど……紬が嫌だったら降りてもいいよ」
「……蒼大くんのその言い方は良くないと思います」
紬はまた俺の足の上に、しっかりと座りなおす。次の試合から、紬の腕前が披露されることだろう。
「えへへ、勝てました。蒼大くんの教え方が上手だったおかげですね」
「前も紬は上手くなるのが早かったからなあ」
紬の吸収の早さには感心する。そう言えば、授業もたまにうたた寝しているわりに、テストの結果が悪かったという話は聞いたことがない。
「対戦、しませんか?」
「受けて立つ」
紬はどうやら、今のままの席で続けてプレイするらしい。その席で集中してできるのかな。もちろん俺もだけど。
「……紬」
「な、な……なんですか」
俺が耳元で声をかけると、ひどく驚いたらしく慌てて振り向く。
「必殺技使えるの、忘れてない?」
「あ、忘れてました」
「うおっ……やられた」
まだ1回目の対戦なので、そのぐらいのヒントはあってもいい。……そんな余裕をかましていたらやられました。
気を取り直して、いざ2戦目。
……と、その前に。
「あの、私が後ろに座ってもいいですか?」
「俺は重たいから無理だよ」
別に俺が太っているわけではないが、無視できない体格差がある。
「ん……それなら、隣に座ってもいいですか?」
「うん。それは、大丈夫だよ」
少し変な姿勢をしていた分脚が痺れかけていたが、このチャンスを逃すのはちょっと寂しくもある。
その後、2戦目から2戦続けて、俺が勝利を収めた。
「次は勝ちます」
「なにか作戦でもあるの?」
「……それは言えません」
コツを掴んできたのか、紬にはなにやら秘策があるらしい。
紬の秘策を楽しみにしながら、試合を始める。
始まってから半分ぐらいの頃に、動きがあった。
「……蒼大くん」
耳をくすぐるように、紬は囁いてくる。
もしや、さっき俺が声をかけたときから練っていた作戦なのか……?
そう思って、俺は画面に集中する。
「これからも、今日みたいにおかえり、って言って、出迎えてくれますか?」
「えっ!?」
俺が動揺して、隠れるのをやめた瞬間を狙われた。
「私の勝ち、ですね」
「くっ……やられた……」
紬は得意気に微笑み、俺は頭を抱える。作戦とはいえ……って、難問も同時に解けてしまった。
「……紬も、ただいまって言ってね」
「あ……はい」
ゲームでは勝敗が決まったが、現実世界では引き分けに持ち越せたようだ。
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