第100話 紬はお休み

 ゴールデンウィークも、平日を挟んで後半に突入した。あの平日をなくすためになにかしら祝日を設定してほしい。


 そんな非現実的なことを考えてしまうのも、たぶん紬がいないからだろう。

 

 朝枕元に座っているクロを、紬だと思いながら撫でてベッドから出る。我ながら、なんだか限界が近そう。


 『今日遊ばねえか? 花野井さんがいるなら遠慮しとくけど』


 そう陽翔がメッセージを送ってきているのに気付いて、俺はすぐにいいよ、と返信する。

 俺が限界を迎えるのはなんとか避けられたようだ。


 10時前頃に、陽翔は俺の家を訪ねてきた。


 「おー、蒼大。ゴールデンウィークはどこか行ったか?」

 「うん。スナネコを見に動物園に」

 「それで花野井さんも幸せだからいいよな。蒼大が、趣味が分かってもらえる人に見つけてもらえて嬉しいよ……」

 「そんなヤバい趣味じゃないからな……父親目線みたいなコメントやめろ」


 猫好きは人口の半分ぐらいいるだろ、多分。

 俺がツッコむと、陽翔はニヤッと笑った。


 「……あれ、雨降ってきたな」

 「お、ほんとだ」


 具体的にどこに行こう、というのは決めていなかったが、雨だと行ける場所は限られてくる。


 「どこ行く?」

 「うーん……俺ん家は行ける」

 「それなら、お邪魔しようかな」


 ……この時の俺は、彼の妹のことをあまり気にしていなかった。ゴールデンウィークだし、イケイケJKとして買い物にでも行ってるんじゃないか、とか思っていた。

 


 「どうぞー」

 「お邪魔します」


 俺がそう言った瞬間、ばたばたと元気の良い足音が近づいてくる。


 「せんぱい、来てくれたんですね!」

 

 がっつり家にいましたか。イケイケJKしとけよ。

 優愛は、チェック柄のスカートを身に着けていて、家で過ごすにしてはおしゃれを決めている。

 それに、普段と違ってポニーテールにした髪はいつもよりさらに活発な印象を与える。

 

 「せんぱいが来ると聞いたので、準備しておきました」

 「……お前か」

 「いやいや、いちおう連絡しておいたほうがいいかなってな」


 俺がじとっとした視線を送ると、陽翔は慌てて弁明する。そう説明されると、たしかにそうだなとか思ってしまうじゃないか。


 陽翔の両親にお邪魔します、と挨拶して、俺は陽翔の部屋に案内される。


 当たり前のように、優愛は俺たちと一緒に遊ぼうとして、一緒に部屋に入ってきた。


 「そうだ、ジュース入れてきますね」と、楽しげに言って優愛は部屋を慌ただしそうに出ていく。また優秀な後輩ぶりを見せている。


 「ゲームするか」

 「そうだな」


 3人でできるやつがいいな、と言いながら陽翔は人気ゲームキャラのレースゲームを選ぶ。当然のように優愛も遊ぶことになっているんですがそれは。


 優愛が戻ってきてから、キャラクターを選択し終えてどのステージがいいか皆で話し合う。


 「……そういえば、前に紬とゲームしたときは、動きに合わせて揺れたりしてたなあ」


 俺が教えるとみるみるうちに上達していったっけ。


 「先輩。女友達と遊ぶ時に、他の女の人の話はしないほうがいいですよ?」


 優愛はいつもの明るい声と違って、ワントーン低めの、若干の圧を感じるような声で言う。


 「でも、彼女だし」

 「う……でも、友達と遊んでる時に、その場にいない友達のことを気にかけて、目の前の友達と遊ぶことに集中しないのは良くないと思います……!」


 ぐいぐい迫ってきて、優愛はそう訴える。

 たしかに優愛の言ってることも一理あるかもしれないけど……。


 「他のこと考えているようじゃ、私が勝っちゃいますよ。けっこう自信あるので!」

 「一番上手いのは俺だけどな」


 ここで陽翔が割り込んできた。が、今せんぱいと話してるんだけど、と優愛に言われていた。

 ……可哀想な兄だ。


 まあ、ひと試合やってみようじゃないか。



 「……もう1戦やろう」

 「せんぱい、思ってたより弱いですね〜」


 優愛はそう俺のことを煽りながら、スカートに座っている猫を撫でている。

 俺にとっても思い入れのあるその猫は、純粋な碧色の瞳をこちらに向ける。飼い主には似てないな。


 「操作方法を思い出してる途中なんだよ」


 そういえば、紬とゲームしたときにも勝率は五分五分ぐらいだったような。もしかして俺ってゲーム下手なのか……?


 「せんぱいが私に勝つまで、やりましょうか」

 「次で終わらせてやる」

 「まあ、頑張れ」


 ずっと1位をもぎ取っている陽翔は高みの見物をしている。1回ぐらい勝って鼻を明かしてやりたい。



 「はあ〜、楽しかったですね」


 うーん、と言いながら優愛は背伸びをする。

 あれから、結構な時間ゲームを楽しんだ。ゲームに入っているコースはほとんどやったかもしれない。


 「また遊びに来てくださいね」

 「……陽翔に誘われたらな」


 陽翔が隣にいる手前、優愛の申し出は断りづらい。

 しかし、こうやって遊ぶのは楽しかった。中学生の頃までは、この風景はいつものことだったわけで、懐かしさも覚える。


 

 賑やかな紺野家を後にして、しとしとと雨が降るなか1人で帰る。優愛が送ろうか、と言ってきたが、雨だし申し訳ないと断っておいた。


 紬がいない寂しさを埋めようと、帰ってきたら何のゲームを一緒にやろうかな、とか考えた。

 

 


 



 


 


 

 

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