第99話 ふたりの計画

 あれからそこそこ時間が経ったような気がするが、まだ紬は姿を見せてくれない。


 どうしたら出てきてくれるかなあ、と思いながら部屋のドアをぼんやりと眺める。


 とりあえずきなことクロと猫じゃらしで遊んでいたら、そのどたばた駆け回る音に誘い出されたりしないかな……?



 

 ……全然そんなことなかった。天照大神みたいに出てきてくれると思ったのに。

 部屋の中を行ったり来たりして、きなことクロは期待通り走り回ってくれたけど。


 あと5分待ってみて、それでも出てきてくれなかったら声をかけてみるか。

 そう思って時計に目をやると、思っていたよりもまったく時間が経っていなかったことに気が付いた。


 

 ◆◇◆◇◆





 「紬、そろそろ出てこれそう?」


 ベッドの掛け布団に潜り込んでいたのに、蒼大くんの声ははっきりと耳に届いた。


 「もう少ししたら……出ますから」


 布団にくるまっているぶん、いつもより声を張って言う。

 蒼大くんにはそう返事したものの、まだ顔を直視するには恥ずかしすぎる。


 さっき、自分がしでかしたことを再び思い出してみる。たしかに、夢にしては感触がリアルだったし、蒼大くんの驚いたような表情も夢で見たにしてははっきりと頭に浮かぶ。


 (む、無理です……蒼大くんの顔をまっすぐ見れるわけがありません……!)


 ぎゅっと布団の端っこを握りしめて、よりくるまると、蒼大くんのいつもの香りがより感じられた。






 ◆◇◆◇◆





 紬の返事は、ドア越しの会話にしても少しくぐもっていたように聞こえた。

 もしかして、布団の中にいるのか、と想像してどきどきさせられる。


 不意に、ガチャっとドアが開く音がして、そろりと紬は部屋から出てくる。


 「お、おかえり」

 「はい……すみません」


 なにやら恥ずかしそうに、口元を袖で覆い隠しながら出てきた。

 伏せ目がちで、あんまりこちらを見てくれない。まあ……しょうがないか。


 「……紬が出てこない間、なにしていいかわかんなかったな」


 俺は紬に笑いかけながら呟く。学校でも、家でも一緒に過ごしているわけなので、紬がいないと時間を持て余してしまうように感じる。


 「……そうだったんですか」


 紬はいきなり距離を詰めてきて、その表情も心なしか嬉しそうに見える。


 「うん。そうそう、紬に見てもらいたいものがあるんだ」


 これなんだけど、と言いながら俺はスマホの画面を見せる。

 このまえ紬に教えたように、外国に行かなくても、日本にも猫の島と呼ばれる島はあるので、その画像をさっきまで探していた。


 「紬とこんなところに行ってみたいな、と思って」


 猫が漁港の堤防で海を眺めていたり、売り物にならない魚を漁師にもらったりしてまったり過ごしているという癒やしの光景。

 

 「……いつ行きますか?」

 

 紬はさっそく興味が湧いたらしく、食いついてきた。


 「そうだなあ……来年の春、とか?」


 今年の夏は他にも行きたいところがあるからなあ、と思ってそう返す。


 「楽しみにしておきますね」

 「うん。旅館があるみたいだから、泊まりで行けたらいいなって思ってる」

 「泊まりですか……! ますます楽しみになってきました」


 紬は、だんだん普段通りのテンションに戻ってきて、俺に無垢な微笑みを見せる。


 「計画、立てておくね」

 「はい。……蒼大くんがさっき見ていたところにも、いつか連れて行ってください」

 

 さっき調べていたのも、しっかりチェックされていたらしい。


 「うん。大人になってから、かな」

 「……!」


 大学生になってからなら、外国にもいろいろ行けるだろう。

 

 「ん、どうしたの……紬?」


 隣の紬が驚いたような、嬉しそうな表情を一瞬見せたような気がした。


 「い、いえ……なんでもありません」

 「そっか。どっちも楽しみだね」

 「はい……」


 紬は顔を赤くして、照れたように俯く。

 

 「それじゃ、今日はなにしようか。どこかへ出かけるのにも遅くないし、家でまったりしてもいいよ」

 「今日は、お家で過ごしてもいいですか?」

 「うん。それなら、一緒に宿題でもやる?」

 

 ちょうどリビングの机にきなこが座っていて、俺たちの勉強を見守って応援してくれそうな気がする、と思って提案してみる。


 「そうですね。3日と4日で一旦実家に帰る予定なので、蒼大くんに教えてもらえる今日のうちに終わらせておきます」

 「あ、たしかお正月は帰れなかったんだよね」

 「はい。久しぶりなので、楽しみです」


 その2日はなにしようかな……紬と2日間会わない、というのは今までにあんまりなかったかも。


 さっきから、何度も紬の存在が俺の中でだいぶ大きなものになっていることに気付かされている。


 ノートを広げ始めた紬を見守りながら、紬が照れた理由を考えていると、俺は当たり前のように大胆なことを言ったような気がして、なんだか恥ずかしくなってきた。


 それを隠すように、俺も慌ててノートを開いた。


 



 

 




 

 




 


 




 

 

 







 




 

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