第98話 朝のドタバタ

 朝起きて、俺は昨日思いついた旅行の計画でも立ててみるか、と思ってリビングでパソコンを開く。

 すぐは行けないにしても、旅行は計画を立てる段階から楽しいからなあ。


 紬はというと、まだ俺のベッドですーすー寝ている。昨日、ちょっと歩き疲れてしまったのかも。


 当たり前のように俺の家に泊まり、俺のベッドで添い寝してくるのは当然嬉しいことなのだが、たまに男子高校生であることを忘れられているのでは、と思ったりもする。


 もっと自身の可愛さを自覚してもらいたいな、と思っているとパソコンはようやく立ち上がった。



 「こんなに綺麗なところがあるのか……」


 地中海に浮かぶ島の、歴史ある石畳の上に猫たちが寝転がっている画像を見て、俺はつい感嘆の声を漏らす。

 なんと、人口の2倍も猫がいるらしい。この世の楽園……?


 調べていくと、透き通るような地中海を臨む桟橋で釣りをする人のおこぼれを狙ったりする猫もいる、ということも分かった。なんだその理想郷。


 映像付きで見てみるか、と思ってイヤホンをつけ動画を見始めると、すぐにきなこが机に飛び乗ってきた。


 あの……イヤホンのコード噛むのやめて?


 きなこはパソコンの周りで自由に過ごしたあと、キーボードの上にだらんと寝そべる。

 調べ物は妨害されてしまったけれど、このパソコン作業中に猫が邪魔しにくる、というのは猫好きとしてはやってみたかったシチュだ。


 早乙女先生の家でも現在進行形でこんな景色が広がっているかも。


 

 きなこはしばらくして、のそっと起き上がるとどこかへ遊びに行ってしまった。たぶんクロのところにでも行ったんだろう。

 ……自由だなあ。


 再び動画を見始めてちょっとしたとき、いきなり、ぽすっと右耳のイヤホンが抜けた。

 そして、右の首筋をかぷっと、甘噛みされる。


 「……!?」


 がたっと椅子を揺らして、俺は慌てて振り向く。……猫、のはずないよな。


 「……呼んでいたのに、蒼大くんがなかなか振り向いてくれないからですよ」

 「それは……ごめん」


 ちょっと唇を尖らせて言う紬に、起きていると思ってなかったんだ、と思いつつ頭を下げる。

 そんなに大音量で視聴してたわけでもないので、ほんとにいつの間にか紬が起きたんだよなあ。


 「いえ、蒼大くんの反応が可愛らしかったので……私は……」


 言い終わらないうちに、紬は俺にへなへなともたれかかって寝始める。……もしかしなくても、寝ぼけてた感じか。


 今日も休みだし、紬には気が済むまで休んでもらおう、と思ってベッドまで抱きかかえて連れて行った。


 

 俺の部屋のベッドで寝ている紬を見守っていると、10分ほどして紬はゆっくりと体を起こした。


 「おはようございます、蒼大くん」


 眠そうに目をこすりながら体を起こした紬は、まるでさっきなにもなかったかのように普段通りだ。


 「うん、おはよ。今から朝ご飯作るから、準備が整ったら来てね」

 「ありがとうございます」


 紬の寝起きでぼさっとなっている髪を整えてあげたいな、と思ったけれど、朝からそれは良く思われないかもな、と遠慮しておいた。



 「簡単なものばかりだけど、どうぞ」

 「いえ、美味しそうです。いただきます」


 俺はさくっとコーンスープと目玉焼きを完成させ、向かい合って食卓についた。


 食べ終わるころに、気になることが出てきた。


 「……なんだか紬は朝から嬉しそうだね」

 「え、そ、そうですか?」


 俺がそう声をかけると、紬はなんだか動揺した様子を見せる。


 「……夢に蒼大くんが出てきたので、そのせいでしょうか」


 言うべきか迷ったみたいだったけど、紬は幸せそうに目を伏せて呟く。

 それって、もしかして……と思って俺は顔を背ける。絶対今顔赤くなってる。


 「……蒼大くん?」


 紬は俺の顔を覗き込んだあと、リビングに夢(?)の中で見たのと同じ風景があるのにどうやら気付いたみたいだ。

  

 「もしかして……夢じゃ……?」


 俺がなんとも反応できずにいるのを見て、たぶん確信したのだろう、紬は急いで俺の部屋に走る。

 すごい勢いでドアは閉められてしまった。


 「紬……!?」

 「い、いまは蒼大くんの顔を見るのが恥ずかしいです……。少し落ち着かせてください……」


 俺の部屋で落ち着けるのかな、とは思う。


 どうしよう、と思ってドアの前に立ち尽くしていると、一瞬開いて紬が顔を覗かせる。


 「その……痛かったりしませんでしたか?」


 だいぶ心配そうな瞳がこちらを見つめている。


 「あ、それは大丈夫だから心配しないで」

 

 そう言うと、また顔を赤くしてそろーっと部屋に戻っていった。

 ……あの時の紬は、猫っぽくて可愛いなという感じだったから、気にすることはないんだけどな、と思う。

 まあ、もう少ししたら声をかけてみるか。


 

 


 


 


 


 

 


 


 




 


 

 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 

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