第97話 観覧車の中で
今回のお出かけの最後の目的地として、俺は観覧車を選んだ。動物園からは、ちょっと距離があったけれど、紬と話しているとそう遠く感じなかった。
「紬、高いところは大丈夫?」
「はい。遠くまで見渡せるので、むしろ楽しみです」
観覧車が見えてきて、俺は声をかける。紬の反応が好意的だったので、内心ほっとした。
……かくいう俺は、実は観覧車は久しぶりだったりする。かすかに記憶が残っているかいないかってぐらい昔に行ったような。
「どういうふうに座ろうか?」
「そうですね……向かい合って、いや隣どうしでも……」
紬は俺の正面に腰を下ろしてみたり、隣にやってきてみたりするが、決めきれない様子だ。
「……向かい合って座ってみる?」
「そうします」
係の人に笑顔で送り出され、観覧車のゴンドラはがたっと揺れて動き始める。
ゆっくりと高度が上がっていって、徐々に視界が開けてくる。
「遠くまで見えますね」
「うん。晴れてて良かった」
春らしく穏やかに晴れ渡っていて、かなり遠くまで見渡すことができる。こう雲がないと、どのぐらい遠くまで見えるんだろう。
「俺たちの家とか、見えるかなあ」
「蒼大くんの方からなら、見えるでしょうか」
ぼんやりと外を眺めていて、ふと口をついただけだったが、俺は窓に近づいて目を凝らしてみる。
紬も、俺の隣に寄ってきて一緒にじっくり景色を眺めている。
そろそろ頂上ぐらいだなと思いつつ、俺たちの家の方角を夢中で眺めている紬の横顔に目を向ける。たぶん見えないだろうけど、一生懸命見つけようとしているのが可愛らしい。
「……!?」
俺はそっと紬に近づいて、しっとりと柔らかい頬にキスをする。
「み、見られてませんか……?」
紬は真っ赤になって、隣のゴンドラを慌てて確認する。隣の人たちは幸い反対側の景色を楽しんでいたみたいで、紬は確認を終えると俺の胸にぽすっと顔をうずめる。
「……不意打ちは、ずるいです」
そう言って俺の胸に頭を押し付けてきて、俺は押されるままに後ろに姿勢を崩す。
「こうすれば、見えません……よね」
「……たぶん」
紬は俺の肩の後ろに手を回して、覆いかぶさってくる。俺と目が合うのが恥ずかしかったのか、片手で俺の目を隠してくる。
それで、より紬の唇の柔らかさを感じた。
「……んっ」
紬は甘い声を漏らして、俺からゆっくりと離れる。
それから、横目にちらっと地上が近づいてきたのが見えたのか、弾かれたように背筋を伸ばす。
「……もうすぐ、降りないといけませんね」
「うん……そうだね」
一周回るのは案外あっという間だったりする。でも、この思い出は一生ものだ。
明るく係の人に出迎えられ、俺たちはお互いに顔を見合わせてから、耳まで赤くなって「……ありがとうございました」とぼそぼそ言って観覧車を後にした。
もう一周とかしたいような気持ちもあったが、今からまた観覧車に乗るのはちょっと恥ずかしい。
「今度は……夜に来てみない?」
「はい。午後に動物園でスナネコを見てから、夜景を眺めたいです」
「……そのプラン、採用してもいいですか」
次(?)のデートプランが決まったかもしれない。ゴールデンウィークはまだ始まったばかりだし、もしかしたらもう1回行ったりもできるか。
「もちろんです。楽しみにしてますね」
そう言って、紬は穏やかに微笑む。
まだゴールデンウィークは1日目だというのに、いろいろ起こりそうな予感がする。
「じゃあ、帰ろうか。なにか食べたいものとかある?」
「……そうですね、なんとなく、暖かいものを食べたい気分です」
「シチューとか、作ろうか」
「美味しそうです」
当たり前のように紬が一緒に夕食を食べてくれるのは嬉しいな、と思いつつ入れる具材を考える。
「……今日、お出かけできて嬉しかったです」
紬は、突然足を止めて俺も嬉しくなるようなことを伝えてくれる。
「俺もだよ。まだまだ紬と行きたいところはたくさんあるから、いろいろ付いてきてほしい」
「はい。どこでも、付いていきますよ」
紬は今日一番の笑顔を見せて、頷く。その表情の可憐さに、俺は目を奪われてしまって……俺たちの周りだけ、時間がゆっくり流れているようにさえ思った。
「日本各地に猫島って呼ばれる猫が多い島があるから、そこを巡りたいっていうのと……イエネコのご先祖様のリビアヤマネコを見てみたい」
「ふふっ。……普段通りの蒼大くんですね」
「……ん?」
「いえ、なんでもないです。……なんでもなくはないですね、やはり蒼大くんは可愛いなと」
「……え?」
良くわからないが……まあ、紬は満足そうだしいいか。
ゴールデンウィークのうち、家で過ごす日に猫名所巡りの計画を立ててみるっていうのもありだな。
そう思いながら、紬の手を取って駅へと歩いた。
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