第96話 動物園デート

 電車を降りて、駅の目の前の入場門を通り過ぎるとすぐ、スナネコがいるのが目に入った。

 紬が今日着てきているシャツワンピースは、スナネコみたいな色だなあ、とか思う。


 「あそこにいますよ、蒼大くん!」

 「お、うん」


 早く早く、と言わんばかりに紬は俺の手をぐいぐい引いていく。

 こういう、不意に見せる子供っぽいところが可愛らしい。普段学校では絶対見せない姿だ。……いや、学校でも俺の前では最近こんな感じかも。



 スナネコは、「砂漠の天使」とも言われるだけあって、小さなベージュ色の体にくりっとした瞳と、愛くるしい見た目をしている。そして、腕に黒い縞模様が入っているのも特徴の一つだ。


 「砂漠に溶け込むための色なんですね」


 紬はガラスに近寄って、食い入るようにスナネコを観察している。


 「うん、そうだよ。スナネコは中東とか北アフリカとかに住んでるから」


 いつか現地に行って見てみたいなあ。暑そうだけど、野生のスナネコを見るためなら砂漠を歩くぐらいする。


 「……できるものなら、お家にお迎えしたいぐらい可愛いです」

 

 そう紬が呟くのを聞いて、俺は少し複雑な気持ちになる。イエネコと風貌はほぼ変わらない、というか子猫みたいな見た目をしているのに、スナネコは人間には基本懐かない。

 ただ、それをいま紬に教える必要は無いな。せっかく紬が楽しんでいるのに、水を差すのは野暮だ。


 「どんなものを食べるんですか?」

 「あ……うん。こんな可愛い見た目をしてるけど、普通の猫より食べるものは豪快というか。あ、ほら見て」

 「牙が普通の猫よりも鋭いです」


 スナネコが鳴いて、一瞬口を開けた瞬間を紬はちゃんと見ていた。ちなみに、スナネコの鳴き声はニャーニャー、ではなく、ヴォウヴォウと表すのが正しいようなちょっと低い声だ。

 流石の観察眼だなあ、と思いながら俺は続ける。


 「そうそう。だから、けっこう危ないというか」


 怒れるきなこの本気噛みですら、めちゃくちゃ痛かったりするから、スナネコが本気を出したら……ヤバそう。

 

 「でしたら、一般の人が飼うのは難しいんですよね?」

 「飼うことが禁止されてるわけじゃないけど、動物園でも間接飼育って形を取ったりするから」


 紬に尋ねられて、いまはあまり伝えたくなかったことを教える。動物園の飼育員さんですらあまり触れ合えないと知った時には、俺も軽く絶望した。……動物学者になろうか、とも思ったまである。


 「そうだったんですね。それなら……また蒼大くんとここに見に来たらいいですね」

 「そうだね。紬が行きたいって言ってくれたら、いつでも行くよ」


 紬が嬉しいことを言ってくれて、俺はすっと胸につかえていたものが取れたような気持ちになる。


 「……もう少し、目に焼き付けてもいいですか?」

 「うん。なかなか見る機会ないから、俺ももうちょっと眺めたいな」


 そう言って、俺たちはたぶん10分以上はそこから一歩も動かなかった。合計で何分そこにいたんだろう。

 そして、近くには、イエネコのマンチカンやノルウェージャンフォレストキャットといった猫たちもいた。当然、そこでもまた足を止めた。





 まったく動かない鳥、ハシビロコウの前では、「いま、動いた気がします」と紬がじーっとにらめっこをしたり、素早く動くキツネザルを眺めたりして、俺たちはカワウソがいるコーナーにたどり着いた。


 じゃれ合っているコツメカワウソを見ると、つい口元が緩んでしまう。

 ……やっぱり可愛いな。ネコ目最強。


 「蒼大くん、笑顔ですね」

 「え、まじ?」

 「はい。さっきスナネコのところにいたときからです」


 これニヤニヤしてたやつ……? 俺は普通の表情を心がけてみる。


 「大丈夫ですよ。動物を見ているときの蒼大くんは……優しい顔をしているので、見ている私も暖かい気持ちになります」

 「……どんな顔で眺めてるか、分からないなあ」

 

 紬に見られていると意識すると、なおさら分からなくなってきた。


 「ふふっ、普段通りで大丈夫ですよ」


 紬は可笑しそうに微笑んで、優しい声音でそう言う。


 昔、コツメカワウソもまた、飼えるのか……?と思って調べてみたことがあるが、売られているのは売られているけど……法外な値段だった。

 やっぱり動物園で見るべき、ってことだな。



 「……もう一度、スナネコを見てもいいですか?」

 「うん、俺も見たかった」


 出口近くのスナネコのコーナーに戻ってきて、俺たちはまた足を止めた。


 満足行くまで動物園を満喫して、俺たちは外に出る。

 想定どおり、お昼すぎぐらいだな。


 「もうひとつ行きたい場所があるんだけど……付き合ってもらえる?」

 「もちろんです」


 考えておいたプランで、紬が満足してくれるといいな、と思いながら、俺は紬を目的の場所へと案内した。

 


 

 


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