第94話 放課後はまったりと

 放課後、俺はひとり朝とは打って変わって落ち着いて部活に向かう。

 紬はなにやら用事があるらしく、すぐ行くので先に行っててください、と言われた。


 あれ……鍵、開いてる? 

 部室に入ると、優愛が子猫を撫でながら待っていたようで、振り向いて明るく挨拶してくる。


 「入部した次の日は来たほうがいいかな、と思いまして」


 いや、真面目な後輩かよ。実際そういうところはすごく真面目なんだけど。


 「まあ、昨日は見学だけだったからな。1日しっかり見ておくのはいいね」

 「そうですよね!」


 優愛はうんうん、と首を縦に振る。そしてなにか思い出したように、にやっといたずらそうな笑顔になる。


 「ところで、せんぱい今日ふたりで仲良く遅刻しそうでしたよね?」

 「……どうしてそれを」

 「窓の外眺めてたら見えたので」


 始業ぎりぎりを攻めるやつなんていくらでもいるのに、たまたま俺たちふたりを見つけてしまったらしい。


 「……ゆうべはお楽しみだったんですか?」


 優愛は少し恥ずかしそうに、ちらちら俺の方を見ながら言う。


 「……でこぴんしていいか、本気のやつ」

 「あれ、痛いからやめてください!」


 昔そっちがやってきたんだろ……と言いたくなる。中学生の頃は一緒に遊んだりしてたから。


 「……せんぱいの親友の妹だから、私とせんぱいも親友なのに、冷たくないですか?」

 「謎理論」


 優愛は立ち上がると、猫じゃらしを持ってしらたまたちと遊び始める。


 「今度また遊びに来てくださいよ」

 「……まあ、考えとく」

 「それ絶対真面目に考えてませんよね。行けたら行く〜ってやつと同じですよ」


 ちょっとあざとく頬をぷくーっと膨らませて優愛は抗議する。


 「考えてるよ」と棒読みで返すと、ちょうど紬が部室に入ってきた。


 「こんにちは、花野井先輩」

 「こんにちは、紺野さん」


 昨日感じた不安は、今は特に感じない。ただ、この真面目な……ふりをしている後輩が地雷を踏み抜くのは有り得そうだ。


 「どんなことをやるのか見ておいた方が良いかな、と思って来ました。いろいろ教えてください」

 「私で良ければ、なんでも教えますよ」


 後輩に優しく教える紬を眺めるのも、父性を刺激されるというか、暖かい気持ちになる。


 しばらく皆で猫たちと戯れていると、そろそろ疲れてきたみたいでキャットタワーに上がってごろごろし始めた。


 優愛は無言で英単語帳を開くと、さっそく勉強を始めた。

 ほんとに真面目なんだな、と少し感心する。例のシスコンな兄より成績良さそうだな。


 「真面目なんだな」


 俺は優愛にそう声をかけてみる。

 紬はと言うと……おもちを膝の上に載せて、うとうとしている。


 ……ん?

 これは歴史的瞬間のような。


 そう思ってスマホを取り出し、紬の膝の上のおもちにピントを合わせる。


 「……せんぱい、無視しないでください」

 「え、俺……無視してた?」

 「やっぱり猫一筋……あ、いや一筋ではないみたいですね」


 俺が少し上の方まで枠に収まるように撮ろうとしていたのを覗き込んで言う。

 

 「そりゃそうだ」


 ボタンを押してから、また見守っていると、紬ががたっと揺れて迷惑そうにおもちは定位置に戻っていく。


 

 猫も人も、思い思いに部室のなかでゆったりと流れる時間を過ごした。


 下校時刻が近づいてきて、紬は教室に荷物を忘れていた、と取りに戻る。

 その間、俺と優愛ふたりで部室の鍵を返しに向かう。

 そういや、1日目の最初から鍵の位置を知っていたのすごいな。昨日言ったとは思うが、実はできる後輩なのを見せつけてきている。


 「ちょっと喉が乾いたなあ……せんぱ」

 「はい、これ。俺はまっすぐ帰るつもりだから」


 優愛が言い切らないうちに、俺はペットボトルを渡す。


 「また作戦失敗ですね……今度、家に来たときは楽しみにしててください」

 「その発言を聞いた彼女持ちの男が行くと思うか?」

 「親友だからセーフです!」

 

 セーフじゃねえよ、と思いつつじゃあな、と声をかける。優愛は手を振ってから、歩き出したと思うと何回も振り向いてきた。

 

 まあ、今日この3人での部活も楽しかったといえば楽しかったな。明日からは、この後輩に絡まれることもない通常運転の部活だ。

 

 俺は紬のいるだろう教室の方まで戻っていく。位置関係的に、俺が今から行っても行き違いにはならない。


 「校門で待っててもらって良かったのに、来てくれたんですね」

 「この時間の校舎って、結構暗いから。忘れ物、見つかった?」

 「はい。ありがとうございます」


 人気のない夕暮れの校舎は風情を感じるというより怖い。夕暮れのグラウンドは、青春の1ページだな、と感じるが。


 「それじゃ、帰ろっか」

 「そうですね」


 校門へと向かう途中の渡り廊下は、オレンジ色に染められていて、絵に描いたような風景だった。

 

 


 



 

 


 


 


 


 




 

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