第93話 イチャイチャとドタバタ

 「座ったほうがいいんじゃない?」

 「でも、蒼大くんには立ったままやってもらうわけですし」

 「気にしないでいいよ。紬が楽な姿勢でいいからさ」


 俺はドライヤーを受け取って、ちょこんと腰掛けた紬の髪に触れる。


 「髪型をたまには変えてみようかと最近思うのですが……蒼大くんからのリクエストはありますか?」

 「そうだなあ……」


 今の背中あたりまでかかる髪が一番好きかも、と前にも思ったような気がするけれど。

 正直他の髪型、というかヘアアレンジも見てみたい。


 「ここらへんを編み込んだ髪型が見てみたいかな」


 その髪型がなんというかは分からないんだけど。

 俺は髪の前側というか横というか、そのあたりを触る。


 「今度、やってみます」

 「うん。楽しみにしておくね」

 

 紬はツインテールとかも似合いそうだな。あとで頼んで見せてもらおうかなあ。

 それに、後ろで髪を編み込むのも……って、結構見てみたい髪型あったんだな。


 そろそろ乾かし終わるよ、と声をかけようかと思って覗き込むと、紬は目をつむって幸せそうな表情をしていた。


 「ん……」


 さっきから紬の頭が揺れているような気はしてたな。さっきまで起きていたのに、いつの間にか寝ているあたりも猫に似ている。

 ……仕方ない。ベッドまで連れて行くとするか。


 俺は腕をまくって紬の腰と膝の下に手を回す。


 ……軽いな。

 持ち上げた瞬間、甘い香りがあたりにふわっと広がる。



 「……あれ?」


 紬がぱちっと目を開けて、きょろきょろ辺りを見てから……恥ずかしそうに顔を背ける。


 「そ、その……近いです」

 「ごめん……じゃあ」

 

 下ろそうか、と言おうとしたところで、紬は俺の袖をぎゅっと掴む。 


 「……ベッドまで連れて行くよ」

 「……ありがとうございます」 


 ベッドに紬をゆっくりと下ろす。クロは既に枕を半分占領して眠っていた。


 「ちょっと早い気もするけど、もう寝よっか。明日も早いし」

 「そ、そうですね……でも、なんだか目が覚めてしまいました」


 たしかに、ああやって連れてきたら目も覚めてしまうかもしれない。


 「あ……いえ、迷惑だったとかいう意味ではありません」


 慌てて紬は俺が勘違いしないように付け加える。


 「……今日は、たくさん甘やかしてもらったような気がしますね」

 「いつもこんな感じだと思うけど」

 「……そうでしょうか?」


 そっか……と俺が肩を落として反応すると、紬は明るくくすくすと笑う。


 「冗談です。……蒼大くんからも、なにか……その、ありますか?」


 してほしいこと、ってことなのか……?

 それなら、今ツインテール紬を拝もうかな。


 「ツインテールの紬が見たい、かな」

 「わかりました……こんな感じ、でしょうか」


 髪をまとめるゴムをいま持っていなかったらしく、手でツインテールを作ってみせる。

 これでいいのかな、という表情で、俺の反応を見守っている。

 全部手でまとめきれていないけど、それがまたいい。


 ……可愛すぎる生き物が、いま俺の目の前にいます。


 「……なんだか、恥ずかしいですね」

 

 俺が眺めていると、紬は手で髪をまとめるのをやめてしまう。


 「……めっちゃ可愛かった」

 「そ、そうですか……。なら、今度家できちんとしてみましょう」


 俺は評論家のように、顎に手をやってしばらく考えている。考えた上での感想がそれか。

  

 「また今度、蒼大くんのリクエストしてくれた髪型を見せますね」

 「うん。手伝ったほうが良かったら言ってね」


 ……女子の髪を結ぶのは、手伝ったことはないけど。


 「……俺の髪は、どう思う?」


 あんまり髪のことなど気にしたことはなかったが、紬に質問してみる。


 「そうですね……たまにぴょんと毛が飛び出てるのを見ると、起きたときのままなのかな、と思って可愛らしく感じます」

 「……それ俺が寝癖直してないときだ」


 そのあとは、髪だけでなくお互いの服についても話したりした。そういう方向での買い物デートはしたことがないので、いつかやってみたいなあ。


 ふたりで話すのに夢中になっていると、だいぶ時間が過ぎてしまったようだ。 

 

 「……俺も、そろそろ寝るか」


 紬がうとうとし始めたので、俺も布団を被ることにした。

 





 春の朝の爽やかな空気が、カーテンを揺らすのを感じながら俺は目を覚ます。


 「あのさ、紬……」


 俺は目を擦る紬に、時計を指差しながら話しかける。


 「いまって……?」

 「8時……20分です。……すぅ」

 「紬、遅刻するよ!?」


 まだ起きたばかりなのに、あと25分しか朝礼まで猶予がない。

 紬を揺らすと、飛び起きてきて支度を倍速で始める。


 「朝食は……学校で食べましょう」

 「そうだね。売店でなにか買おうか」


 ……制服を持ってきていた昨日の俺、ナイスすぎる。

 ただ、自分の家のように着替えるわけにもいかないので、紬に部屋を借りて急いで着替える。


 バタバタと紬の家をふたりで飛び出たときには、タイムリミットまであと10分ちょっとだった。


 「……俺、部室行って朝ごはんあげてくる」

 「私も行きます」


 間に合うかは分からないが、遅く来たので仕方のないことだ。


 結局、俺たちふたりが慌てて教室に飛び込んだのと同時に、8時45分のチャイムが響いた。



 






 

 

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