第92話 尋問(?)

 紬に主導権を握られたまま、俺は玄関のドアを開ける。


 「……あの子とは、どういう関係なんですか」

 「ただの親友の妹だよ。……あいつはダル絡みしてくるけど」


 玄関のドアを閉めると、紬は俺の手を引いて質問する。

 一言目だけでは怒られそうなので、付け足しておいた。


 「ほんと、ですか?」


 ちょっと安心したのか、紬の声が柔らかくなったような。


 「うん。ほんと」


 早く紬と夜ご飯食べて、きなことクロと遊びたいな……とか思う。まだクロは俺の家には来ていないけれど。


 あいつがただ俺で遊んでるだけだとたぶん分かってくれたと思って、俺は靴を脱ごうとする。


 「……蒼大くんが言うような関係にしては、仲が良すぎるような気はします」


 いきなり紬は探偵のような疑いの目をこちらに向けてくる。


 「……え」


 表情も、まるで月が雲に隠されたように暗い。俺は恐る恐る紬の言葉を待つ。


 「ふふっ、冗談ですよ。蒼大くんが心配しているほど、怒ったりしてません」

 「び、びっくりした」


 いつも通りの微笑みを紬は見せてくれた。

 変わらぬ笑顔を見て、俺はふぅ、と息を整える。


 「蒼大くんの言うことは、信じてますから」


 紬は長い髪を揺らして、俺の顔を覗き込みながら明るい声で言う。

 去年出会った頃には、そんなことを言われるなんて想像していなかった。


 「……でも、今日は甘やかしてもらいます」

 

 明日も学校だよな、と壁のカレンダーをぼんやりと眺める。紬の帰りが遅くなるのは悪いなあ……。

 俺の視線の先にあるものに気付いたらしく、紬は慌ててカレンダーの前に立つ。


 「朝は私が起こしますから」

 「わかったわかった。じゃあ、クロも連れてきて皆で過ごそうか」

 「……今日は、やっぱり私の家がいいです」


 紬は俺を引き止めて、恥ずかしそうに下を向いて言う。

 ちょっとだけ待ってもらって、泊まる用のパジャマとか必要なものを支度して、きなこを連れて行く。



 

 「簡単な夜ご飯にしてしまって、すみません」


 紬は短時間でご飯、鮭の塩焼き、味噌汁を作ってくれたのに、謙遜してかそんなことを言う。


 「大丈夫だよ、紬の料理は美味しいから。それに、最近はカップ麺で済ます日もあるし」


 部活を始めて、帰るのが遅くなってから少し夜ご飯を作る気力が……というのは言い訳です。まあ、最近のカップ麺は栄養に配慮されているものも多いから……。


 「全然大丈夫じゃないです。私が作りに行きますよ」


 猫柄のエプロンを外して紬は席に着く。俺と紬は両手を合わせてから、夕食を食べ始める。


 「そんなに紬に迷惑かけられないよ」

 「迷惑ではないので、いくらでも頼んでください」

 「……分かった。紬のご飯が食べたいなって思ったときはいつでも呼ぶよ」


 毎日でも食べたいけど。


 「ごちそうさまでした。毎日食べたいぐらい美味しかった」

 「そう言ってもらえると嬉しいです。ほんとに、毎日作りますよ」

 

 魅力的な提案に、俺は頭を悩ませる。紬の負担を考えると、毎日交代でなら大丈夫そうかな。


 「毎日交代で作ることにする?」

 「いいですね。それなら、私が作る日は……私の家に来てもらってもいいですか?」


 紬は少し迷ってから、頬を赤く染めて言ってくる。


 「いいの?」

 「はい、来てほしいです」


 紬は前よりも素直に気持ちを伝えてくれるようになった気がする。別に、もともと素直ではなかったとかいう意味ではないが。



 「蒼大くん、先にシャワーに行ってきていいですよ」

 「お、ありがとう」


 さっとシャワーを借りて、身も心もさっぱりして紬の部屋に向かう。


 「私も、シャワー浴びてきますね」

 

 紬がいない間、俺は部屋の隅にちょこんと座って待つ。

 可愛らしい空間で、それに彼女の良い香りがする部屋ではなんとなくじっとしていられない。初めての訪問でなくとも、だ。


 俺は部屋の中を見渡す。


 きなことクロがじゃれ合っている写真が飾られていて、絶対ニヤニヤしてしまってるな、と感じる。

 そして、俺の背中にきなこが飛び乗っている写真もある。ベストショットすぎるな。


 写真に魅入っていたり、じゃれ合う2匹を眺めたりしているうちに紬はお風呂から上がったみたいで、洗面所の方向から音が聞こえてくる。


 「上がりました」


 ガラッと扉を開けて、紬が顔をひょっこりとのぞかせる。


 「紬、ちょっと髪濡れてるよ」


 濡れた髪は、可愛らしさを引き立てる効果があるように思う。それに、雨の中初めて出会ったときのことを思い出したりもする。


 「蒼大くんに乾かしてもらいたくて」

 「そ、そっか」

 「今日は甘やかしてもらう予定ですからね」


 紬は嬉しそうに俺を洗面所に誘う。

 紬の望みのままに、たくさん甘やかそうと決意した。




 




 



 



 

 



 











 


 


 


 

 


 


 

 

 


 

 

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