第91話 新入生の部活見学
入学式から数日経った放課後、俺たちはいつものように部室に向かう。
「あれは……新入生でしょうか」
「そうみたいだね。もう部活見学始まったのかな」
文化部の部室棟で一番人気なのは、クイズ研究部だ。毎年、クイズ王を目指すたくさんの新入生が歓迎クイズに挑んでいるのを見かける。
まあ俺たちは変わらず、いつもの空間で猫を愛でるだけだ。
「先輩、待ってましたよ」
いちおう作った紹介ポスターを見ながら待っていたようで、俺たちが近づくと、こちらに向き直る。
紺野優愛。我が親友、紺野陽翔の妹だ。
そのザ後輩のような明るい笑顔を見て、紬も気付いたらしい。
「この前の……」
「はい。先日はありがとうございました」
模範的な後輩らしく、礼儀正しく挨拶を言う。
「……見学していく?」
「はい、もちろんです」
満面の笑顔で、嬉しそうに首を縦に振った。
俺は部室に入ると、荷物を下ろして普段通り子猫をもふり始める。また少し大きくなったような気がする。
優愛がなにか口を開こうと近づくと、紬ももぞもぞと俺の方に近づいてくる。
なんか無言で牽制し合ってるふうに見えるんだけど?
「あの……」
おもち、助けてくれないか。
近くの机で香箱座りをしているおもちにそう目で訴えていると、ぷいとそっぽを向かれてしまった。
無慈悲……。
「……いつもこんな感じで過ごしているんですか?」
「うん。朝と午後にご飯をあげて、あとは遊んで、みたいなふうにまったりやってるよ」
しばらく冷戦が繰り広げられていたような気がしたが、優愛がやっと口を開いた。
日常の風景の説明のあとに、俺は続ける。
「いずれは活動の幅を広げていきたいな、とは思ってる」
このままだと来年には、この4匹の猫たちの貰い手も探さないといけない。
「そうなんですね」
優愛は、膝にすり寄ってきたハルの顎をそっと撫でる。優愛は、家で猫を飼っているわけだし、もし入部したとしても安心して仕事を任せられる。
その後は、紬も4匹の猫について詳しく説明したり、実際に遊んだりした。子猫たちは人懐っこく、優愛のもとにすぐに寄っていっていた。
「……どうする、紺野?」
帰り際、部室の鍵を閉めてから、俺は部に入りたいかどうか聞いてみる。
正直今のところは、俺と紬、それに早乙女先生の3人体制で間に合っているような気もするが、活動の範囲が広がるとそうも行かなくなるだろう。
「……」
なにも返事してくれないんだけど。どうした模範的後輩。
「……優愛?」
俺は観念して下の名前で呼ぶ。あとで紬の追及を受けるのは覚悟しました。
「はい。……毎日ここにいたら楽しいだろうなと、すごく思ったんですけど、まだうちの子も飼い始めたばかりなので」
ニヤッとしてから、急に真面目な表情を見せて続ける。
「……この前は不注意で逃がしてしまったわけですし」
どうやら、春休みのことも気にしているらしい。
「それならさ」
俺は紬の方にちらっと目をやる。たぶん紬も同じことを考えていたようで、少し葛藤と戦っているようだったが、頷いてくれた。
「これから活動内容が増えたときに、助っ人として呼んでもいい? 普段は、行けそうなときに来るとかでいいから」
「え、いいんですか? それなら、入りたいです!」
優愛は目を輝かせて答える。
「よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
「よろしくお願いしますね」
紬も柔らかな微笑みを見せて、優愛の入部は決まった。雪どけが早くて良かった、と内心ほっとする。
「あ、先輩……ジュース買うので、今日一緒に帰りませんか?」
「……いや、紬と帰るから」
安心した直後に火種を投下するの、まじでやめてほしい。
「そうですか……」
それでしゅんとするのもやめてくれ。普段明るい感じの親友の妹にそんな反応されると困るだろ。
「……って、ジュースで釣れると思ったの?」
優愛はこくこくと頷く。めっちゃ子供だと思われてんな俺。
否定してくれるよね?と俺は紬の方を見る。
「……可愛い猫が、って言ったらついていきそうじゃないですか」
「う……否定はできない」
紬は優愛に聞こえないように、俺の袖を引いてこそっと囁く。
優愛はきょとんとした表情で俺たちふたりを見ている。
「……昔は一緒に帰ってくれたじゃないですか。ま、今日は諦めます」
そう笑顔で爆弾発言を残してさっさと帰っていった。おいおい、今度部活来たとき覚悟しとけよ。
「さ、さて……帰ろうか、紬?」
「はい、行きましょう」
あれ、案外いつも通りの反応だな。
俺はほっとして歩き始める。
「あ、蒼大くん。今日も……お家に寄ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
通常運転でいいのかな、と思いながら俺は返事をする。
「……いろいろ聞きたいこともありますし」
……迂闊だった。
「その……手、繋いで帰りましょう」
俺は返事をする代わりに、紬の小さな手を握る。小さくてふにっとしているな、と思って紬の手をにぎにぎしてみる。
「……今は、私の好きにしてもいいですか?」
紬は小さな手に少し力を込めて、俺の手をぎゅっと封じてくる。
「ごめん」
「あ……いえ、そこまで怒っているとかそういうわけではないです。……ただ、ちょっと聞きたいことがあるだけなので」
いつも頼れるはずの紬がこんな感じなので、帰ったらきなこに助けを求めよう、と思った。
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