第89話 ジレンマ
「頼みごとばかりで済まないが、今日の部活ではしてもらいたいことがある」
「……というと?」
放課後になってすぐ、俺と紬は先生に呼ばれた。
先生は謝るけれど、学校の部活をするからにはそうなるのは当然だし、家ではできないことを楽しみたい。
「そろそろ新入生がやってくるので、このような紹介ポスターを制作してほしい。……別に、部員はふたりだけでも十分だと私は思うんだがな」
早乙女先生は、見本として様々な部活のカレンダーを見せる。
うーん、どこも気合い入ってるなあ。
特に、人数が足りないらしいラグビー部は、ポスターからひしひしとその切迫度合いが伝わってくる。
「突然で申し訳ないが……明日までにできそうか?」
俺が返事を言い淀んでいると、代わりに紬が口を開いた。
さすが副部長。……あ、たった今任命しました。
「はい。こういう作業は得意ですので、任せてください」
「そうか、よろしく頼む」
紬は自信がありそうな様子で頷き、俺の方を向いて微笑みかけてくる。
そんな俺たちの様子を確認して安心したようで、先生は職員室へと戻っていった。
俺たちも、部室で作業するとしよう。
「では、さっそくデザインを一緒に考えましょう」
「うん」
俺がペンを握ってどうしようか迷っていると、紬は裏紙を引っ張り出してさらさらと描き進める。
「こんな感じでどうでしょうか?」
「上手だね、キャラクターにいそう」
紬がさっと描いた猫は、ゆるっとしていて可愛らしい。
この子は、シロをイメージして描いたんだろうな。トレードマークの靴下模様があるし。
どうやら、この調子であと3匹描いていくみたいだ。
「ありがとうございます。時間があれば、もっと可愛らしく描けそうですが……」
「十分可愛さは伝わるよ」
このイラストの邪魔にならないように活動内容とかを書いていくか。
活動内容で書くべきなのは……現時点では、猫たちのお世話か。
あと、迷い猫の保護。今までの活動はこの2つしかしていないな。いずれはもっと活動の幅を広げていきたい。
「ふふっ、描けなくなってしまいました」
俺は考え事をやめて、作業中だった紬の方へ顔を向ける。
テーブルに上がったハルとしらたまが、紬の作業を妨害している。……もっとも、可愛らしいので許されるが。
紬が握っているペンにちょんちょんと触れてみたり、紬の手を押さえてみたり。
「……座られちゃったね」
「だいたいレイアウトは決まったので、帰ってからでも間に合います」
しらたまは、用紙の端っこに遠慮がちに座った……かと思えば、力が抜けたようにぐでーっと寝そべる。
自由だなあ、と微笑みながらその様子をふたりで眺める。
「……新入生、来るのかあ」
俺はぼそっとつぶやく。
たしかに部活としては5人以上部員がいるのが本来の決まりだし。
でも、早乙女先生が言うように、いまの活動内容だけならふたりで十分な気はする。
それに、なるべく猫を飼ってる人の方がいいからなあ……。新たな猫好きを増やすという観点では微妙だが、猫を既に飼っている人の方が安心感はある。
なにより、このふたりだけのまったりした空間がなくなると思うと、気が早いけれど寂しさを感じる。
「学校ではふたりきりでなくても、蒼大くんの家に行けばふたりだけでいられますよ」
俺が思い悩んでいるのを心配して、紬はすぐ隣に座って声をかけてくる。
「……紬の方が気にしそうって思ってた」
「どういう意味ですか」
紬はすぐに、じとっとした目で俺を見つめてくる。
でも、すぐにちょっと寂しそうに、うつむいて口を開く。
「……私も、ほんとは蒼大くんとふたりきりで部活したいです。でも、帰ればクロも、きなこちゃんもいますから」
紬は言いはじめてから、だんだんと顔を上げていき、最後には明るい表情を見せる。
「……そうだね」
俺の方が気にしてたんだな、と思う。紬の言う通り、部活は部活で楽しみ、家に帰ってからまったりする時間を取ればいい話だ。
「それに、まだ新入部員が来るかは決まってませんし」
「そうだね。まあ、ポスターを作るからには多少興味は持ってほしいかな」
「欲張りですね」
紬にそう言われて、俺は笑ってみせる。
猫の可愛さは広めたいが、正直部活はふたりきりがいいとかいうジレンマの解消は、もう少し先送りになりそうだけど……猫4匹が相変わらず可愛いので、まあいいか。
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