第88話 猫たちの名前

 「おはよう、紬」

 「おはようございます、蒼大くん」


 週の始まり、俺たちは普段よりも30分ほど早めに家を出て猫たちの様子を見に行く。


 「こんなに早く出て、早乙女先生はいらっしゃるでしょうか?」


 いくらか歩いたところで、紬は俺の制服の袖を引いて立ち止まり、心配そうに尋ねる。


 「それは大丈夫だよ。早乙女先生、結構朝早くから学校にいるって噂だし」


 俺は紬に微笑みかけ、「行こっか」と紬の手を取って促す。


 そういや、「けど乙女っていうより……」と、その噂を伝えてから続けた陽翔はクラスの早乙女先生ファンを敵に回してました。


 そのあと、「格好いいって感じじゃないか……?」と呟いていた。完全に同意。

 皆最後まで聞いてあげて……とか思った。


 まあ、それはそれとして。


 「……先生が、なんて名前をつけてくれたのか気になりますね」

 「そうだね。たぶん週末ずっと悩んだんだろうなあ」


 今週の授業の準備は金曜日中に終わらせて、週末は猫と戯れていたに違いない。


 「楽しみですね」

 「うん。人に慣れてるといいね」


 先生がたくさん遊んでくれただろうし、少しは俺たちと先生をなんか遊んでくれるやつ、として認識してくれるようになったはず。

 特に母猫は、今まであまり心を開いてくれていないようだったから、遊んでくれるようになってたら嬉しい。


 「早歩きで行きませんか?」

 「うん。俺は紬の歩幅に合わせるから、紬のペースでいいよ」


 そう言って、紬の早歩きに合わせながら歩く。一歩一歩の大きさが違うせいで、俺は普段よりもちょっとだけ早く歩く程度で済むが。


 「……差を感じます」

 「ま、まあ……?」

 「蒼大くんと同じ目線で、景色を眺めてみたいものですね」


 紬は、ちょっぴり寂しそうに呟きつつ、そのままのペースを維持して歩く。


 「……なら、背負って行こうか?」

 「なっ……。こ、子供扱いしてますよね?」

 「あはは、冗談だよ」


 紬は一瞬むっとした顔を見せたものの、次の瞬間にはさっき以上の柔らかな微笑みを取り戻していた。

 そうこうしているうちに、視界に校舎が大きく捉えられるようになってきた。



 ゆっくりと部室のドアを開けると、早乙女先生はこちらに気付かずに、猫たちと戯れている。


 「……ほどほどにな」


 そう言いつつも、子猫たちが乗ってくるのを止めることはしない。


 「……先生、おはようございます」


 挨拶すらも言い出しにくい雰囲気を打ち破り、俺は口を開いた。言ってから、やっぱりドアをそっと閉めるべきだったかな、とか思った。


 「……早かったな。い、いや別に迷惑というわけではないが」


 早乙女先生は猫たちに乗られたまま、少し慌てた様子で俺たちの方を振り向く。


 スーツに猫の毛がくっついているのは大丈夫なんだろうか。数本とかいうレベルではない、まるでスーツから生えているみたいだ。

 爪とぎ対策として厚めのタオルを引いているけれど、毛はどうにも防ぎようがない。


 「ああ、この子はしらたまで、母猫はおもち、と決めた」


 早乙女先生は、黒と白のハチワレ模様をもつ子猫を撫でながら言う。

 ……なんだか甘そうなネーミングだ。


 というわけで、我が校の猫部に所属するのは、顧問である早乙女先生、部員の俺と紬、そして愛すべき猫たちの、おもち、しらたま、ハル、シロとなった。


 「朝から来てくれてありがとう。あとは任せてもいいか? ……流石に、このスーツでは教壇に立ちづらいからな」


 そう言って、早乙女先生は立ち上がり颯爽と歩き出す。


 「もちろんです。皆がちゅーるを食べるのを見守ってからクラスに上がります」

 「そうか。この時間なら間に合うな。……では、あとは頼んだ」


 俺が答えるのを待ってから、カツンカツン、と靴を鳴らしながら去っていく。

 猫たちを驚かせるような大きな音が鳴らないように、先生は慎重にドアを閉める。



 「ちゅーる、食べてくれるかな」


 さっきの先生との様子を見る限り、前よりも母猫と俺たち人間の距離は縮まっているような気がするが。


 「蒼大くんなら大丈夫ですよ。普段から、猫ちゃんに懐かれてるじゃないですか」

 「うーん、そうなのかな」


 そう言いながら、俺はおもちのそばでちゅーるの袋を開ける。紬は、子猫たちにちゅーるをあげようとしている。


 あんまりおもちのことを見つめすぎないようにしつつ、近づいてくるのをじっと待つ。


 おもちは、のそっと腰を上げて、恐る恐る俺の方へと近づいてくる。

 そして、俺が地蔵のように固まっていてなにもしてこないのを確認してから、ぺろぺろとちゅーるを舐め始めた。


 「良かったですね、蒼大くん」

 「うん。良かった」


 紬は、自分のことのように嬉しいですね、と付け加えて微笑みかけてくれた。 


 「これからもよろしく」


 人の言葉は分からないとは思うけれど、おもちにそう声をかけて、完食するまで見守った。

 


 


<あとがき>

 長い間更新を止めてしまってすみません。

 ちゃんと週末ストック分を書いておきたい……です。

 更新頻度を上げられるようにまた頑張ります。

 これからも応援よろしくお願いします。

 

 


 


 


 




 

 


 


 



 

 



 


 

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