第87話 週末の部活
初めての週末の部活を楽しみにしていると、土曜日の今日はふだんよりも早く目が覚めた。
部長なんだし、早めに行って部室を開けておかないとな……。
それできなこと過ごす時間が減るのも不平等な気もするから、今からじゃれ合うとしよう。
「……そろそろ着替えるか」
ジャージで行くべきか制服で行くべきか迷ってから、俺は制服を手に取る。きなこのものと思しき毛が数本、くっついている。
運動部みたいに動きやすくてデザインも良いジャージだったらいいけど……俺が学校指定のジャージを着るとパジャマにしか見えない。紬が着ると可愛く見えるが。
俺がズボンのベルトを締めていると、向かいの紬の部屋で、机の上をクロが歩き回っているのがカーテン越しに見えた。
そして、クロはカーテンを引っ張って器用にも俺に紬の部屋を見せてくれる。……なんか言い方嫌だな。
クロのいたずらに気づいた紬が、窓際までやってくる。着替えの途中だったみたいで、まだ胸のリボンをつけていない。
俺と目が合うと、恥ずかしそうに目線をうろうろさせて一瞬下を向いてから、こっちに小さく手を振る。
「……反則だぞ」
朝から挙動が可愛らしすぎる。
こちらも若干恥ずかしさはあるけれど、紬に手を振り返した。
そのあとすぐに、今から出ます、と紬からメッセージが入って、家から飛び出た。
「週末に高校に行くというのは、不思議な気分がしますね」
「たしかに。文化祭とか、なにかしらイベント事のときぐらいだよね」
部活は中3の時以来なので、土曜に学校に行くというのは慣れていない。
紬はわくわくしているのか、常に俺の一歩先に出て歩いている。
「まあ、紬と一緒なのは普段と変わらないね」
「そうですね。午後は、いつも通り蒼大くんの家に伺ってもいいですか?」
紬は足を止めて、俺の方を振り向いて尋ねてくる。鞄に付いている可愛らしい猫のキーホルダーと、美しい髪が同時に揺れた。
「うん。午前遊べない分、午後はきなこたちと遊びたいね」
そんなことを言いながら、校門を通り過ぎて、部室棟へと向かう。
向かう途中で、聞き慣れた声が俺たちを呼び止める。
「ふたりとも早いな。では、さっそく行こうか」
「はい。……無理言ってすみません」
「いや、構わない。必要なことだからな」
キャリーケースに4匹を誘導して、俺たちはそれらを抱えて早乙女先生の車に乗り込む。
先日、俺たちは4匹を動物病院に連れて行って検査とワクチン接種をしたい、とお願いをしていた。
「こんなに人を乗せるのは、初めてだ。……少し、緊張するな」
「だ、大丈夫ですよ」
そう言われるとこっちも緊張してくる。ただでさえ、先生の車に乗っているのだから。
「もちろん安全運転で行くから、安心してくれ」
初心者マークは付いているけど、そっちの方が慢心することはないから安心なのかもしれない。緊張気味の先生の顔を見ると、百パーセント安心はできないけど。
「ここ、だな」
「はい、ありがとうございます」
「顧問なのだから当然だ。それに、2つ掛け持ちしていると言っても片方にはあとふたり顧問と副顧問がいるから、私は猫部を優先する」
今日の午後から月曜の朝まで、なんとしても連れて帰ろうという意志を感じる。
さっそく診察を受けはじめると、子猫たちはなにをされているのかよく分かっていない様子で、されるがままになっている。
母猫はちょっと抵抗しているようだった。
猫たちは、特に体調が悪そうな素振りは見せていなかったけれど、動物病院の待合席に腰掛けているとなんだか落ち着かない。
名前を呼ばれて、少し胸をどきどきさせながら獣医の先生の話を聞きに行く。
「無事、ワクチンを接種し終えました」
「ありがとうございます」
「4匹とも、特に異常はなかったので、これからも大事にしてあげてください」
「わかりました!」
俺たち3人は、視線を交わし合って微笑む。
「先生、この猫ちゃんたちの名前は、考えたりしていますか?」
帰りの車内、紬が口を開いてそんなことを言う。
「名前か……。てっきり、もう付けているものかとは思っていた」
「ひとり1匹、名前を付けてあげませんか? 先生は、2匹名付けてあげてください」
「い、いいのか?」
信号待ちの間、先生は嬉しそうなのを隠しきれていない様子で俺たちの座る後部座席を見てくる。
「はい、もちろんです」
「そうか、ありがとう。あ、猫村と花野井は下ろしてほしいところがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます、それなら……ふたりともここでお願いします」
ちょうどよく家の近くのコンビニが見えてきて、俺たちはそこで下ろしてもらう。
「私は、この足先が真っ白で靴下を履いているような子の名前をシロにしたいです」
「いいね。じゃあ俺は……この子の名前をハルにしようかな」
春に出会ったし、それに子猫の中で一番元気があるように感じるから。
「……では、私もいい名前を付けてこよう。この子がシロで、この子がハル、だな」
そう呟いて、大切そうに先生は眺める。普段の授業の様子からはまったく想像できない表情だ。
「今日もありがとうございました」
「いや。私こそ、こんなに可愛い4匹を週末だけでも飼えるのは嬉しいことだ」
そう言って車を出して帰っていく先生を、俺たちふたりは車が見えなくなるまで見守った。
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