第84話 活動開始
早乙女先生が、あっさりと了承してくれて舞い上がっていたが、顧問とか、部員とかはどうするんだろと、ふと冷静に考える。
「あの……顧問って、どうなるんですか?」
「私も、いつか猫を飼いたいな、と思っていてな。他の部活の顧問もやる予定だが……猫部の顧問は引き受けよう」
「ありがとうございます」
高校の部活の顧問なんて、どこも大変だろうに。
ほんとに、感謝してもしきれない。
「私からもひとついいですか?」
「どうした、花野井?」
紬も少し気になるところがあったのか、俺が質問し終えてすぐ尋ねる。
「部員は、このままふたりでいいんですか?」
「そうだな。本来は5人以上揃わないと部活として認められないことが多いが……今回の活躍を考慮してもらえるように図ってみよう」
活躍と言えるほど活躍していない気はする。
けど、野良猫は爪とぎを所構わずしたりだとか、ふん尿の問題や感染症の問題もあるので、学校としては解決すべきことだったのだろう。
「ありがとうございます。……これで、ふたりで部活ができますね」
「お、うん。そうだね、念願かなって、だね」
紬は、先生がまっすぐ前を向いて歩いているのをいいことに、俺の制服の袖を掴んでから耳元で囁く。
ふたりだけで放課後活動できる、というのを想像すると今からもう楽しい。
「ん、なにか言ったか?」と先生が振り向くと、慌てて紬は掴んでいた袖を離した。
たぶんバレてるな、と思いながら、俺は口角が緩むのを抑えきれずに、紬の耳の先が赤くなっているのを眺めた。
俺たちは、見慣れた部室棟の廊下までやってきた。
「使われていなかったはずだが……整頓されているな。埃も見当たらない」
先生は、部室のドアを開けるときょろきょろと内装を確認する。
本来備品ではないはずのベンチを設置した張本人は、隣にいます……。
(……バレてませんね)
(うん。ちょっとヒヤヒヤした)
俺と紬は、早乙女先生が見ていない間に目を合わせて心の中でやり取りする。
「さっそく、4匹を放してあげましょう」
「そうだね。まずはシャンプーでもしてあげたいところだけど……」
部室を私物化しておくなら、いっそありとあらゆる猫用品を置いておけば良かった。
「ああ、シャンプーだな。少し待っててくれ」
「……へ?」
キャリーケースを開ける寸前で、俺は手を止める。
いろいろ聞こうと思った瞬間には、もう先生は部室のドアを閉めてどこかへ行ってしまった。
「すまん。待たせたな」
そのわずか数分後には、コストコにでも行ったのか、というぐらいに大きな袋を持って先生は戻ってきた。
「ありがとうございます……先生、準備良すぎませんか?」
シャンプーを俺たちに渡したあとも、袋から様々な猫用品を出している。四次元ポケットだったのかも。
例えば……トイレとか、自動給餌器とか。もちろんキャットフードやちゅーるも。
猫を飼い始めるのには十分だ。
「そうか? 学校にあった猫の飼い方の本に書いてあったものを買ってきたんだが」
本気で猫を飼おうとしてたんだ。
図書館にわざわざ行って、可愛らしい表紙の猫についての本を開いている様子は、以前だったらなかなか想像できなかったけど、いまは想像できる。
「……すまない。会議の時間が近づいてきている」
先生は時計をちらっと見てから、そう言って去ろうとする。
「いえいえ! ほんとに、ありがとうございました。今日やることが一段落したら、職員室の先生に報告してから帰ります」
「わかった。では、あとでな」
俺たちは頭をぺこりと下げて、会議に向かう早乙女先生を見送る。
「このあとは、部長を決めませんか?」
「部員はふたりだけだけど……?」
俺はさっそくキャリーケースを開けて、母猫をゆっくりと抱きかかえながら言う。
「はい。部活なら部長は必要ですよ」
「たしかに、それもそうだね」
紬は、手に山のようにシャンプーを盛って、お腹から素早く綺麗にしていく。
そろそろ暴れそうだな、と思ったタイミングで紬はシャンプーを終える。
これまた、こないだが良い予行演習になっていたみたいだ。
同じように手際よく子猫たちもシャンプーし終えて、綺麗さっぱりした猫たちが、部室の中を探検しているのを見守る。
「活動開始、しましたね」
紬は嬉しそうなのが分かりやすい口ぶりで言い、目を細めて愛しそうに母猫たちを眺める。
「うん。明日からもこうやって、ふたりで部活ができるのは楽しみ」
「頑張りましょうね」
今日のところは、あと部長を決めて活動内容を先生に報告するだけだ。
帰ったら、ちゃんときなこも可愛がろう。
もちろん、入念に体は洗ったあとで。
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